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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略

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経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act  Exercise 60 Cases

情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution

論文とエッセイ(日本語)Theses and Essays

 

  

TRIPS協定の特異性−−レントの創出と分配のシステム

『関税と貿易』――WTOの解剖2(日本関税協会、1997年2月)(05-5-27注20を更新)

本間忠良 

目次

1.はじめに・・思考の枠組み
2.GATTの基本的性格とTRIPSの特異性
2.1.無差別原則
2.2.貿易歪曲とレント
2.3.財産権とモラルの画定
3.TRIPS協定によるレントの創出
3.1.知的財産権の本質
3.2.並行輸入問題
3.3.著作権と著作隣接権
3.4.特許権
4.レント分配の測定
4.1.技術貿易収支
4.2.技術料負担率
5.TRIPS協定によるあたらしいモラルの創出
6.おわりに・・TRIPS協定の進化をめざして
6.1.通商問題としての知的財産問題
6.2.知的商品市場
6.3.技術と競争

1.はじめに・・思考の枠組み 

 WTO・TRIPS協定についての議論は、いままでのところ、解説中心のニュートラルなもの(1)と、TRIPS協定を基準として外国の通商政策を評価するもの(2)・・したがっていずれも現行協定を所与としてとらえるもの・・がほとんどだったように見受けられる。しかし、実質合意から3年を経過したいま、現行協定への批判とともに、よりよい世界貿易システムへの提案が、そろそろ現われてもいい頃であろう。

 金融と基本テレコム・サービスは継続交渉中であり、また、 途上国や低開発国に対するいろいろな猶予期間もすぎていないのに、はやくも批判とは何事だという叱責は、ウルグアイ・ラウンド合意が、1993年時点での各加盟国のギリギリの利害の均衡の上に成立した仮の休戦にすぎなかったのだという現実を忘れている。1996年12月の第1回閣僚会議(シンガポール)では、ウルグアイ・ラウンド合意諸分野のうち、すくなくとも農業、繊維、反ダンピングについて揺り戻しのこころみが見られた。

 国際レジームは、それができあがった瞬間から変化のエネルギーにさらされ、それが一定の識閾を超えた時点で、つぎの段階に進化する。WTOの場合、その時点とは、いろいろな猶予期間が終わり、日本もコメの関税化で決断を迫られる2000年代初頭と予想される。ちょうどそのころ、次期ラウンドがスタートする見通しである。

 変化といっても、(知的財産権やサービスをふくむ)最恵国および内国民待遇、関税(およびサービス貿易自由化約束)の拘束性、(農産品や繊維衣料をふくむ)非関税措置の原則禁止という、GATTの構造に刷り込まれた基本原則が、わずか4、5年で変わるわけではない。しかし、きわめて短期的な利害の均衡点として合意され、まさにそのために煩瑣なまでのこまかい規定を持つ一方、技術の急速な進展に直接さらされている諸分野、とくにTRIPS協定は急速に旧型化しつつある。

 知的財産権がGATTで交渉されたのは、GATT8回目のウルグアイ・ラウンドがはじめてである。交渉結果は、「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定」(「WTO協定」)付属書1Cに、「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(「TRIPS協定」)として文書化されている。本稿は、現行TRIPS協定が、GATTからWTOに引き継がれた自由貿易思想のなかで特異な存在であることを示そうとするものであるが、そのことを単に批判するのではなく、その特異性を、世界貿易にとって建設的な方向に振り向けるための方策をも同時に提案しようとするものでもある。
 

2.GATTの基本的性格とTRIPS協定の特異性 

2.1.無差別原則 

 TRIPS協定を特異呼ばわりするからには、それと対比されるGATTからWTOにいたる伝統的国際通商システムの基本原則をまず確認しておく必要がある。

 GATTは、その生誕の経緯からして、第2次大戦の国際経済的原因といわれるブロック経済の再来を予防することを第一の目的とする。そのため、第1条に一般的最恵国待遇を、第3条に内国民待遇を掲げる。このふたつを無差別原則と総称することもある。GATTではこれがモノの貿易に閉じていたところが弱点であった。

 WTOでは、これに加えて、まず付属書1Bのサービス貿易一般協定(GATS)で、最恵国待遇(ただし国ごと、セクターごとに例外表あり)と内国民待遇(ただし自由化約束表に記載したセクターとモードに限定)を掲げた。

 つぎに、付属書1CのTRIPS協定でも、第4条で最恵国待遇を第1原則として採用(例外なし)、また、第3条で工業所有権に関するパリ条約、著作権に関するベルヌ条約、著作隣接権に関するローマ条約を一括援用することによって、WTOレベルでの内国民待遇を確立した。

 GATTの無差別原則がモノ貿易(輸入品同士または輸入品と国産品)の差別禁止に閉じていたのにくらべて、TRIPSのそれは人(たとえば外国発明者同士または外国発明者と内国発明者)に関する無差別原則である点に特徴がある。

 WTO次期ラウンドの交渉アジェンダとして予定されている競争、投資、環境などの新分野においても、無差別原則は、「人」を連結素として規定することになろう。この点で、TRIPS協定の、法様式としての特異性は注目にあたいする。 

2.2.貿易歪曲とレント 

 GATTのもうひとつの原則は第2条と第11条に見られる。第2条では協定関税に拘束力を持たせ、第28条でその上方修正を事実上困難にしている。各ラウンドでいったん下げた関税はめったなことでは上がらない・・関税の上方硬直性または関税の一方的引き上げ禁止といってよい。

 第11条は非関税障壁を一般的に禁止する。第2条と第11条がかみ合って、すべての貿易障壁が関税化され、その関税が不可逆的に低減するというGATTマシーンが動きだすのである。

 第2次大戦原因論の帰結である無差別原則と違って、こちらは、(資本と人の移動が不自由な世界では、)モノの自由貿易が、(世界にとっても各国にとっても)資源の最適配分と生産量の最大化を実現するといういわゆるリカードゥ・モデルの具現化である。

 関税の一方的引き上げ禁止といっても、第6条の反ダンピングおよび相殺関税と、第20条dの「知的財産権保護に『必要』な措置」の2点について触れておく必要がある。第6条の反ダンピングおよび相殺関税は、あきらかに、輸出国産業において創出されたレント(独占、カルテル、規制、補助金などによって創出される反競争的利潤)を、輸入国税関が奪取することを意図したもので、経済学的にはあきらかに反レント思想の産物である。問題は第20条dである。GATT規定の中で、レントの創出を許している規定はこれだけである。各国の知的財産権法によるレントの創出が、国際経済法のもとで許されているのはこの第20条dがあるからにほかならない。だが、これにはあくまでも「必要」というコンストレイントがかかっているので、後述する並行輸入問題などは、この枠内で判断しなければならない。

 GATTが半世紀かかってやってきたことは、ひとえに、関税や、自由な国際貿易を歪曲する国内レントの創出をふくむ非関税障壁の軽減であった。TRIPS協定は、かかるGATTの歴史に逆行して、第3章で述べるように、知的財産権にもとづくレントの創出を追認したばかりでなく、それを拡張し、さらに大きく拡張する制度的・道徳的基盤を作ったところに、その第1の特異点がある。 

2.3.財産権とモラルの画定 

 GATTは、もともと、いろいろな形態、いろいろな発展段階の資本主義国、社会主義国、共産主義国を包含する普遍的国際システムである国際連合の専門機関(ITO)をめざしたという経緯もあって(3)、できるだけイデオロギー色を払拭した実務的・技術的な規定によって構成されている。かかる無道徳的(amoral)な性格が、イデオロギーの違いを超えて、GATTを、半世紀にもわたって、世界貿易の基盤として機能させてきたともいえる。

 唯一の例外が前述した第6条で、ここではダンピングと輸出補助金を「責められるべきもの(to be condemned)」として道徳的な評価を加えているが、結果的には、輸出国で発生したレントを輸入国税関で徴収するという原状回復にとどまり、懲罰的な要素はまったくない。

 GATTが依拠する財産権のシステムは、フランス革命が確立した有体財産の財産権から一歩も出ていなかったのである。これに対して、TRIPS協定は、第5章で述べるように、大量のあたらしい財産権(4)と、それを取りまくあたらしい道徳律のシステムを創出したところに、その第2の特異点がある。
 

3.TRIPS協定によるレントの創出 

3.1.知的財産権の本質 

 ここで、知的財産権の本質が独占であることは疑いがない。特許権は発明の実施を、著作権は著作物の複製を、商標権は標章の使用を、一定期間、特定人に独占させるために考案された法律装置である。独占が、独占者の利潤を最大化する(この利潤がレントである)とともに、生産量の低下と価格の上昇をもたらし、社会的非効率を創出することも疑いはない。

 知的財産権による独占が社会的に肯定されるのは、それが発明者・創作者に経済的利得を与え、それが発明・創作のインセンティヴになるからであって、それ以外のなにものでもない。このような経済的利得が多少とも発明・創作のインセンティヴになることはたしかだろう。しかし、独占が創出する社会的非効率(コスト)より、発明・創作の奨励が創出する投資(ベネフィット)のほうが大きいという証明はなされていないし、歴史的検証もない。

 英国の高名な歴史家T. S. アシュトンは、産業革命における特許制度の役割りについて、つぎのようにいう。「すくなくとも、特許制度という手段がなくても、発明は、実際あったのとまったく同じように急速に発展しただろう」(5)。「もしワットの特許が延長されなかったら、イングランドは、実際そうだったよりはるかに早く鉄道を見ていたかもしれない」(6)

 ただ、本稿の目的は、知的財産権によるレントの創出そのものを批判することではない。レントの創出は知的財産権の本質である。現行の知的財産制度が社会にとってのプラスの資産なのかマイナスの資産なのかは歴史がきめることであろう。ここで問題にするのは、TRIPS協定が、既存の知的財産権によるレントを吊り上げたばかりか、同時にあらたなレントの源泉を創出したという点で、既存のGATT体制に対して特異だという点である。

 知的財産権を考えるとき、「知的」とか「財産」などというコトバに幻惑されることなく、その経済効果を冷徹に見定めなければならない。ウルグアイ・ラウンドのTRIPS交渉では、知的財産権が、憲法をすら超える私権なのか、それとも政府の都合でどうにでもなる産業政策なのかというイデオロギー上の対立があった(7)。結局、成立したTRIPS協定は、いかにも妥協と実利を尊ぶGATTらしく、前文第3段で「知的財産権が私権であることを認識」し、同第4段で「国家の知的財産保護システムの底に流れる公共政策目的を認識」するとして、論理的に相容れない両論を併記するにとどめた。 

3.2.並行輸入問題 

 ここで世界貿易対知的財産権という観点から見のがせないひとつの問題に触れておかなければならない。並行輸入問題である(8)。「消尽」と題されたTRIPS協定第6条は、「本協定にもとづく紛争解決の目的上、本協定第3条および第4条を除くいかなる条項も、知的財産権の消尽問題には適用されない」と規定する。これは、一般には、並行輸入問題について、TRIPS協定がなにも決めなかったと解釈されているようだが、そうではない。

 この規定は、要するに知的財産権を利用した並行輸入制限(世界市場の私的分割)に関するWTOの紛争解決手続きにおいて、内国民待遇と最恵国待遇以外のTRIPS協定が援用できないということである。消尽問題に適用される可能性のある規定というと、第16条の商標使用権、第28条の特許製品輸入権、第36条の集積回路輸入権だから、これらが使えなくて、内国民待遇と最恵国待遇が使えるということは、あきらかに輸出国グループの勝ちである。

 たとえば、欧州司法裁は、伝統的に、加盟国間での並行輸入を確保する一方、域外からの並行輸入に対しては加盟国知的財産権の行使を認めていた(9)。これはEUレベルでは内国民待遇違反(域外国人(輸入品)に対する、EU域内人(域内産品)に対するより不利な待遇)、かつEU加盟国レベルでは最恵国待遇違反(域外国人(輸入品)に対する、EU域内外国人(域内国産品)に対するより不利な待遇)を構成しよう。この点で、ECが、交渉中期、「消尽に関してはECを単一の加盟国とみなす」という第6条脚注を提案していたが、最終協定にははいっていない。

 以上、並行輸入についてやや詳細に述べてきた理由は、並行輸入を制限したい輸入国グループの経済的動機が、いわゆる「分割の利益」という市場分割レントの創出と奪取にあったことを示したかったからである。これが挫折したことは、ラウンドという多角的貿易交渉の有効性を裏づける有力な証拠のひとつである。 

3.3.著作権と著作隣接権 

 TRIPS協定第2部「スタンダード」第2項「著作権および関連諸権」第10条は、「コンピューター・プログラムは、ソース・コードとオブジェクト・コードとを問わず、・・literary work(文芸作品)として保護される」と規定する。この問題は、1983年のアップル対フランクリン判決(10)以前から、学説、判例、立法を通して広く議論されてきたところなので、ここでくりかえすことはしない。

 文芸作品の盗作は、デッドコピーだけではなく、「全般的概念と感じ」が同一であれば成立する(11)。 この判例原則をコンピューター・プログラムに安易に適用した結果、コンピューター・システムの処理順序、メニュー構造、データ組織などの実質的類似によって侵害を推定するいわゆるlook and feel判決群が生みだされた(12)。これによって、著作権が、もともと著作権保護の対象でない機能やアイデアの独占に危険なまで接近してきている。これを懸念した日本政府の提案によって、第9条2項「著作権保護は、表現におよぶものであって、思想、手続き、操作方法、数学的概念そのものにおよぶものではない」がはいった。しかし、これは、もともと米国著作権法第102条bの文言に由来するもので、それにもかかわらず前記判決群が生みだされたのだから、気休めにすぎない。

 TRIPS協定の旧型化はとくに著作権でいちじるしい。情報通信技術はTRIPS交渉団の当時の予想をはるかに超えて進展している。インターネット時代の到来である。TRIPS協定で拡張された著作権ですら、インターネットにおけるサーチング、アップロード、サーバー処理、ダウンロード、ダウンロードした情報の加工編集などを、複製権(copyrightの語源)侵害としてとらえることはほとんど不可能である。

 これを送信時点でとらえようというのが、1996年12月WIPO(国連世界知的所有権機関)が採択した著作(隣接)権条約である。これがTRIPS協定と決定的に違うのは、少数の先進国だけが同意した条約だという点である。この条約は、30国が批准した時点で、批准国に対してだけ発効するものだが、通商面での問題点は、インターネット情報の発信地としての途上国を条約に引き込むため、米国1988年包括通商競争力法スペシャル301条が活躍することになるだろうということである。

 もっとも、WIPO条約は、米国にとっては、WTO協定のような行政協定ではなくて条約だから、その批准のためには上院の3分の2以上の承認を必要とする。実は、米国では、前第104議会に、同様のインターネット問題に対処するため、著作権に「送信権」を追加するNII(国家情報インフラストラクチャー)著作権保護法案が上程されていたのだが、審議未了で流れている。これが今105五議会に再上程されることはあきらかだが、難航は必至である。その上WIPO条約に上院の3分の2多数の承認が得られるかどうかは疑問である。

 かかる情勢で、日本だけがこれの批准に先走らないように気をつけなければならない。なにしろ米国にさえまだない「有線送信権」(著作権法第23条)を、インターネットの影も形も見えない1986年にシャンシャンで可決してしまったような国だから・・。(この危惧はあたった。「本間忠良、「ネット音楽とアナルコ・キャピタリズム」注50参照)。

 本稿の目的にとって、WIPO条約にもNII著作権保護法案にも、もうひとつ気になることがある。いずれも、いわゆるコピー防止装置やSCMS(コピー世代限定装置)を解除する装置の製造や輸入を違法化する条項があることである。

 まず情報通信機器にコピー防止装置やSCMSの装着を義務づけるという発想が疑問である(現在はミニディスクのようなディジタル・オーディオ機器だけだが、将来あらゆる情報通信機器にこれを及ぼそうという動きがある)。違法コピーなどしないユーザーにも、かなり高価な装置(ふつうワンチップ・マイコンになっている)を押し売りすることになるからだ。また、こんな装置がついていない外国製の情報通信機器を税関で留置する水際法が必要になるだろう。1996年12月WTOシンガポール閣僚会議で合意されたITA(情報技術分野における関税撤廃)という歴史的偉業も、こんな小道具チェックのため台無しになる。

 いわんや、こんなものを解除する装置の製造や輸入を違法化する法的な根拠がどこにあるのだろうか(寄与侵害なら現行法で十分であろう)。効果理論で拡大解釈されれば、すべてのコンピューターが違法ということになる。

 15世紀に起源を持つ著作権法が、立法者が夢想もしなかったあたらしい情報通信技術を、かぎりなく豊かなレントの源泉として、つぎつぎと私的独占リストのなかに囲い込んでいる。私たちは、著作権のこのようなブラックホール的性格(self-expanding nature)が創出する貿易歪曲を最大の警戒心をもって見守る必要がある。 

3.4.特許権 

 TRIPS協定第2部第5項「特許」第27条「特許主題」1号は、「・・特許は、新規で、発明的ステップを含み、産業上利用可能であることを条件として、あらゆる技術分野におけるあらゆる発明(物であるか方法であるかを問わない)について与えられる」と広く規定し、例外として、2、3号に、公序良俗・衛生・環境保護目的、診断・治療・外科方法、微生物以外の生物および生物学的方法を限定列挙する方式をとった。これによって、従来、主として途上国が、医薬品、農薬、肥料、農業機械などを特許主題非該当としていたような、産業・厚生政策のための特許制度の操作が不可能になった。知的財産権が私権か産業政策かという前述したイデオロギー対立は、すくなくとも特許権に関するかぎり、前者の圧勝で決着がついたのである。

 ところで、レントの様態については、いろいろな点で著作権と特許権は対照的である。無方式主義の著作権は創作の数だけ存在し、権利取得維持のコストはゼロである。そのかわり、かりに実質的類似であっても、独自開発の事実が立証されれば侵害の推定が破れてしまう相対的保護である。映画会社、レコード会社、ソフトウエア・メーカーなど著作権に依存する大企業が創出したレントの支払い者は無数のユーザーである。

 これに対して、特許権は権利取得維持にかなりの費用がかかるかわりに、善意の実施者をも排除できる絶対的保護である。複数の発明者が同一技術の開発に走っていた場合、出願(米国では発明)が一日でも早いほうがすべてを取り、遅れたほうがすべてを失うwinner-take-all方式である。権利者は個人の場合もある(とくに個人主義的な特許制度を持つ米国で多い)が、侵害者はかならず企業である。

 情報化時代のレント創出システムは、このような著作権と特許権の相補的な機能をフルに利用する。その好例がソフトウエア特許である。米国では、印刷物を特許主題非該当とした古い判例(13)を根拠に、特許商標庁(PTO)が、従来、コンピューターによって制御される方法を特許主題として認めなかった(14)。 しかるに、1981年の最高裁判決(15)を突破口として、連邦巡回控訴裁判所は、1994年以後、ソフトウエア特許を拒絶したPTOの決定をたてつづけに覆した(16)。 最高裁や連邦巡回控訴裁の判決にしたがって、PTOの「コンピューター関連発明審査ガイドライン」(17)は、1)コンピューター可読媒体に記録されたデータ・ストラクチャーとコンピューター・プログラム(製造物)、2)それらによってコンフィグされたコンピューター(機械)、3)それによって実行される方法(方法)を特許主題とみなす方針をあきらかにした。

 日本特許庁の「コンピューター・ソフトウエア関連発明指針(草案)」(18)は、思想的にはさっそく米国に追随するが、法構成としては、米国の特許主題性とは一線を画して「発明」レベルで「自然法則利用性」のフィルターをかける。

 ここで真に争われている利害は、従来、無数の零細なユーザーに対してしか主張できなかった方法特許の直接侵害を、こんどは、いままで寄与侵害しか主張できなかったコンピューター・メーカーやソフトウエア・ハウスに対して主張できるという点である。これによって創出されるレントは莫大なものであろう。従来特許主題でなかった物や方法が特許主題になる・・これが典型的なレント源泉の創出である。
 

4.レント分配の測定 

4.1.技術貿易収支

図1

 

 創出された知的財産権レントはかならずしもその準拠法国に帰属するものではなく、国家によって争奪され分割される(19)

 図1「技術貿易収支」は、技術取引きの対価、つまりロイヤルティの、国境をこえた収支残高を主要国ごとに図示したものである(20)。グラフからあきらかなように、技術貿易収支は、過去20年以上にわたって米国のみが大黒字で、しかもほぼ一方的な右上がり曲線である。とくに、レーガン大統領の諮問に応じて、いわゆるヤング報告書が、米国産業競争力回復の決め手として知的財産権の国際的保護強化を答申した1985年を境に、上げ幅が急加速して、1994年には年170億ドルに達した。この金額は、年にもよるが、米国商品貿易赤字の約4分の1にあたる。

 ほかの国は,英国だけがほぼ収支トントン,それ以外はすべて赤字で,日本などは1992年で年40億ドル以上の大赤字である。Others(「その他」)は米英独仏日を合計して符号を変えたものである(全世界合計はゼロになるはずだから)。「その他」は、傾向としては米国のミラーイメージで、1988年頃から大きく落ち込み、1994年には120億ドルの大赤字になっている。「その他」はこれ以上分解できないが、先進国グループのイタリア(ファッション大国なので収支はフランスなみと推察される)を筆頭に、韓国や南米などの新興工業国が大部分を占めよう。中国は、今後は大きな赤字国になるだろうが、ここにはまだ出てきていない。

 知的財産権強化によるウエルフェアのゲインとロスを測定するには、知的財産権による市場独占から生じるレントと、それによる消費者余剰の喪失を数量化しなければならないが、その方法が見当たらないので、ここでは、ロイヤルティ収支によってそのトレンドと分割状況をシミュレートしているのである。 

4.2.技術料負担率

図2

 

 図2は,図1の技術貿易収支を各国のGDPで割ったものである。これは知的財産の単価、つまり、一単位の国内生産をあげるために必要なロイヤルティ、会社でいえば対売上げ技術料比を表わしている。日本は赤字率がGDPの0.1%強で安定している。ドイツの対売上げ技術料比は右下がりで、図1と違って、1987年、日本より下位に転落した。ドイツは米国以上に知的財産保護が強いところのある国だが、損益勘定では裏目に出ている。

 米国は、1985年以来、黒字率をグングン伸ばして7年で2倍近くにしている。これはGDPあたりの数字だから、知的財産の単価をつり上げた結果と見るのが自然だろう。ヤング報告書と、知的財産権保護不十分を不公正行為とした1984年通商関税法(1988年包括通商競争力法スペシャル301条の前身)が実を結んでいる。

 図2は、また、米国の覇権による国際知的財産権レジームの年会費と見ることもできる。英国は名誉会員ということで免除、フランス0.05%強,日本0.1%強,ドイツ0.15%弱というのが相場であろうか。

 「その他」については、全世界のGDPに信頼できるものがないので、やむなく、「その他」上位30国の1994年GDPを合計してみたところ、日本の約1.5倍となった。これを「その他」のGDPの近似値とすれば、技術料収支では日本の3倍強の赤字を示しているのだから、その年会費はGDPの0.2%ということになる。技術貿易収支がGDPに対して逆累進になっていることが,かなりの確率でいえよう。

 もうひとつ,図2からいえることは、技術料収支のGDPに対する赤字率が意外に低いことである。この程度の赤字率では、技術料の多少の増減が国民経済に与える影響はきわめて小さい。このことについて2点指摘したい。まず、前にもちょっと触れたように、貿易歪曲との関係で真に重要なのは、知的財産権の独占性が創出する社会的非効率なのであって、その一部にすぎないロイヤルテイを、ここでは、国際比較や時系列比較の指標として使っているだけだという点である。つぎに、知的財産権問題が、実は、製薬と情報という、知的財産権保護に大きく依存する特定産業の問題だったのではないかという疑問がある。TRIPS協定は、かかる個別産業によるロビイングの痕跡を各所に残している。第39条3号、第70条8、9号(以上製薬)、第31条c(情報)がそうである。

 知的財産権問題は、ほんとうは、実利よりも倫理問題、つまり、従来文化遺産の一部だと思われてきた情報や技術的思想に、私有財産として物権的保護を与えるかどうかという政策選択の問題なのであって、いま米国が中国に対しておこなっている知的財産権保護強化の要求などは、かかるコンテクストでのみ、はじめて整合的に説明できるのではないだろうか。
 

5.TRIPS協定によるあたらしいモラルの創出

 昭和初期、外国音楽著作権団体の代理人プラーゲ氏が来日、当時著作権意識の乏しかった日本の音楽・文芸関係者をかたっぱしから訴えて、高額の損害賠償をとったいわゆるプラーゲ旋風という事件があった。日本はすでにベルヌ条約国であったから(1899年加入)、これは法律的にはまことに当然の権利行使だったのだが、これが日本人に与えた精神的トラウマは大きく、以来日本はベルヌ条約の優等生としてこんにちにいたっている。

 ただ、この事件は、あたらしい知的財産権とそれを支えるモラルが、社会の法的確信として自然に形成されるものではなく、なんらかの圧力によって創り出され、ムチによってしつけ(descipline)られるものであることを示す好例でもある。

 TRIPS協定第2部スタンダード編(およびその後のとくに米国の動き)は、多くのあたらしい知的財産権を創出し、第3部エンフォースメント編はそれらの執行を訴訟法と水際法の両面から裏づけているのだが、かかる法的機械を支えるモラルな基盤は、依然としてはなはだ心許ない。もっとも、複製権を中核とする伝統的な著作権や、物の製造方法に関する伝統的な特許権を保護しなければならないという法的確信は、日本人の心の中に、一世紀にわたる歴史を通して、すでにかなりの程度まで形成されているといってもいいだろう。

 だが、OS(オペレーティング・システム・・基本ソフト)のオブジェクト・コードをモニターにディスプレーして解析すること、運動会のラウド・スピーカーでマーチを流すこと、ハイファイ・コンポのデモで市販のCDをかけること、パソコン通信のプロバイダーが著作権侵害の疑いあるアップロードを検閲しないこと、ブランデーで発酵を止めたワインを10年以上前からポートワインと命名して販売していること、DVDプレーヤーに組みこまれた地域限定チップを無効化すること、有名ブランドのパロディ・ハンドバッグをそれと承知で輸入すること、絶版の書物を図書館にコピー依頼すること、DRAM9個のメモリーボードをクレームする特許をDRAM3個にして回避することなどなど、こんなマージナルな行為を違法とするためには(現在違法だといっているわけではない)、まだ何度でもプラーゲ旋風が必要である・・くりかえすが、いま米国が中国に対してやっていることはこれではないか。

 TRIPS協定が真に21世紀世界貿易の基盤的制度になるためには、諸国民の心から改造しなければならない。この意味でも、私は、TRIPS協定を、いままでのGATT・WTO体制に対して特異だというのである。
 

6.おわりに・・TRIPSの進化をめざして 

6.1.通商問題としての知的財産権問題 

 贋物や海賊版が世界貿易を阻害・歪曲することはあきらかである。ここにはむずかしい理屈はいらない。TRIPS協定第3部「エンフォースメント」第4項「水際法」は、知的財産各権のうち、商標権と著作権(ということは、贋物と海賊版)について、とくに重い水際措置を要求している。商標権と著作権侵害品の輸入についてのみ、権利者に申立権を与え、税関が恣意的に措置を怠らないよう牽制している。また留置期間(10日ないし20日)経過後の解放金による通関ができない。

 税関長の判断で贋物と海賊版を見分け、ただちに留置、本案へ移行しても解放しない、モラル・フリーかつ機敏な税関らしい処分である。TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する)協定の最も「貿易関連」的な性格がここに見られる。

 交渉開始の経緯からいっても、TRIPS協定の本質はここにあったはずである。それがずるずるベルヌ条約やパリ条約の伏魔殿に踏み込んできてしまったが、真に国際貿易に直接影響があるのはこの水際法(と並行輸入問題)ぐらいではないか。現在、日本でも、アジア諸国におけるTRIPS協定の遵守状況を監視しようなどということで(21)、輸出企業の特許部長さんなどから意見を聞いているが、出てくる話は贋物と海賊版の話ばかりである。

 「貿易促進のための知的財産権保護」と「知的財産権保護のための知的財産権保護」とをはっきり区別して、私たち貿易マンは前者に注力し、後者は特許部やWIPOにまかせておいたらいい。これがごちゃまぜになるから、たとえば中国のWTO加盟がいつまでも遅れている。11億の民の心まで変えるなどということが数年でできるものではない。 

6.2.知的商品市場 

 もう一度図1を見ていただきたい。プラス・マイナスはともかく、技術貿易(輸出入合計)の絶対額が過去四半世紀のあいだ一方的な上昇傾向にあり、それが1985年以来急ピッチになってきたことが読み取れるであろう(22)。技術貿易はモノの貿易をはるかにしのぐ成長分野なのである。ただ、ここでいう技術貿易とは、技術やそれが化体した知的財産権の売り買いを言っているのではない。技術取引きは、その大部分がいわゆる知的財産権ライセンス取引きである。これの国際市場ができたら、世界の貿易はさらに大きく成長するだろう。

 現在、知的財産権ライセンス取引きは、もちろん引合い、見積り、注文、受諾という平和的なプロセスでもおこなわれている。しかし、真の大型取引きは、知的財産権紛争の結果、和解契約として締結されることが多い。これではリスクと取引コストが大きすぎて、健全な知的財産権ライセンス市場にはほど遠い。

 現在、知的財産権ライセンス市場の形成を妨げている最大の要因は、「価格情報の非対称」である。ライセンスの対価、つまりロイヤルティ情報は、売手がすべて独占していて、買手のほうにはない。そのため、買手がブラフに走り、紛争化するのである。市場という観点から重要なのは、モノでいえば量産品にあたる非独占ライセンスだが、買手同士も、コスト関連情報だから営業秘密だという変な理屈でおたがいに教えあうことをしない。業界団体などでこれをやると、共同ボイコットで売手から訴えられかねない。

 売手が先発買手に対して与えることの多い最恵国待遇なども、後発買手との価格交渉を硬直化させ、紛争を招きやすい。また、いわゆるランプサム方式のロイヤルティは、ライセンシーが技術料負担率を下げようとして増産に走る点で、強い市場歪曲効果がある(サンク・コスト)(23)。 

6.3.技術と競争 

 ここで期待されるのが競争法(米国では反トラスト法、日本では独禁法)の役割である。知的財産権の独占性による社会的コストの増大を競争法で抑制均衡しようという発想は、米国連邦裁判所での長い歴史を持つ。米国では、今世紀の最初の4分の3は、アンチトラスト、したがってアンチパテント的エトスが支配的だった。第2次大戦前のほとんどの判例は、ライセンシーに対して非特許材料・サービスの購買を義務づける抱合わせ慣行を違法とするものだった。ここで利用された法的ツールは、主として特許権の濫用だった(24)。その後、反トラスト法違反がしだいに権利濫用にとってかわる(25)。 第2次大戦後は、映画のブロック・ブッキング配給という著作物の抱合わせを反トラスト法違反とする判決が出現した(26)

 最高裁はラジオの特許プールを一度は合法とした(27)が、20年後、判例を変更して、テレビの特許プールを反トラスト法違反とした(28)。連邦栽は、ほかにも、特許期間を超えるロイヤルティ支払い義務(29)、差別的ロイヤルティ(30)、過大なロイヤルティ(31)、強制的パッケージ・ライセンス(32)、特許効力不争義務(33)を違法としている。これらの諸判決をまとめたのが、1975年ごろ司法省が流布させた非公式ガイドライン「ナイン・ノー・ノーズ」である。

 1982年、商品貿易赤字の急増に悩むレーガン政権は、知的財産権の保護強化を米国産業競争力の決め手として位置づけ、それまで13年にわたって争ってきた対IBM反トラスト訴訟を取下げるとともに、特許訴訟の専属第2審裁判所として連邦巡回控訴栽(CAFC)を設立、さらに、「当然違法」アプローチのナイン・ノー・ノーズを、よりプロパテントな「合理の原則」アプローチ(34)で置き換えた。

 1988年、与党議員が特許権濫用法理を廃止する(!)法案を上程、これはいったんは両院協議会で姿を消したものの、形を変えて再上程され、ライセンス拒否と抱合わせを特許権濫用事由からはずす現特許法271条(d)(4)、(5)として成立した。

 知的財産権と反トラスト法のせめぎあいはまだ続いている。行政府のけんめいの工作(35)にもかかわらず、連邦栽では依然として知的財産権の過剰行使を反トラスト法で抑える判例が健在である(36)

 TRIPS協定第40条は、知的財産権ライセンス契約における反競争的濫用の3類型(排他的グラントバック、特許効力不争義務、パッケージ・ライセンス)を例示し、加盟国がこれらの行為を規制してもいいという任意規定である。米国の1世紀におよぶ判例の蓄積にくらべるとまだまだ未熟とはいえ、TRIPS協定自身が、知的財産権による貿易歪曲効果を抑制するため競争法の利用を予定しているのである。

 他方、1996年12月のWTOシンガポール閣僚会議は、今後の多角的貿易交渉新分野のひとつとして「貿易と競争」を採択、宣言のなかで反競争的慣行の規制を確認している。従来の反ダンピングや相殺関税のような国際取引から発生するレントにとどまらず、輸入障壁としての国内レントにもWTOの手がおよぶことになる。

 TRIPS協定によって確立された情報化時代の知的財産権が、先行投資者の矮小な独占の道具としてでなく、21世紀の知的商品市場として飛翔するためには、その自由かつ透明な取り引きの場を作りあげることが必要である。

 知的財産権ライセンス契約における反競争的慣行の規制に関して、任意規定やコード(同意国のみ拘束)などではなく、普遍的に拘束力ある国際的合意を、WTOのTRIPS委員会と「貿易と競争」委員会が共同で形成してゆくことによって、知的財産権レントとそれを支えるモラルの創出にかたよった現行TRIPS協定の特異性を・・災いを転じて福とすることができる。強い財産権と強い競争法のあいだの緊張関係こそが、不断の技術革新の糧である技術間の競争を確保する。
 

 

 尾島 明、「ウルグアイ・ラウンドTRIP協定合意の解説」、『米国通商関連知的所有権情報誌』、(日本機械輸出組合、1992年8月から連載中)。本間忠良、「技術と通商・・ウルグアイ・ラウンド貿易関連知的所有権(TRIPS)協定について」、『知的財産の潮流・・知的財産研究所五周年記念論文集』、(知的財産研究所、1995年)。

 1992年から毎年出ている「不公正貿易報告書」、(通商産業省通商政策局編、公正貿易センター(1992年)、日本貿易振興会(1993−95年)、通商産業調査会出版部(1996年))の知的財産権編。

 さらに、当時急速に孤立主義的傾向を強めていた米国上院の反発を顧慮したため、できるだけ実務的性格にしぼったという経緯もある。

 国際レジーム論の提唱者の一人ハーバード大の国際政治学者コヘインは、国際レジームの最も根源的な制度(institution)として「財産権の画定」をあげている。ROBERT. O. KEOHANE, AFTER HEGEMONY (Princeton University Press, Princeton, N.J., 1984), pp. 11, 18, 62, 87, 97.

 T. S. ASHTON, THE INDUSTRIAL REVOLUTION, 1760-1830 (Oxford University Press, London, 1948), p.11.

 T. S. ASHTON, THE 18th CENTURY, p.107. 大河内曉男、『発明行為と技術構想−−技術と特許の経営史的位相』、(東大出版会、1992年)155頁に引用。

 本間忠良、「TRIPS協定がめざす21世紀世界像」、『日本国際経済法学会年報』第5号、(日本国際経済法学会、1995年)。

 米国ではひとつの価値判断をこめてgray market問題と呼ぶ。

 EMI Records v. CBS UK, ECJ 51/75, 1976-2 CMLR 235 (1976)/Polydor v. Harlequin Record, ECJ 270/80, 1982-1 CMLR 677 (1982).

10 Apple Computer v. Franklin Computer, 714 F. 2d 1240 (3rd Cir. 1983).

11 Sid & Marty Krofft Television Products v. McDonald's Corp., 562 F. 2d 157 (9th Cir. 1977).

12 Whelan Associates v. Jaslow Dental Laboratories, 727 F. 2d 1222 (3d Cir. 1986).

13 United States Credit Systems v. American Credit Indemnity, 59 F. 139 (2d Cir. 1893). 印刷された情報は、それが認識されるためには人の心による処理を必要とするから、特許主題のどれにも該当しない。

14 Gottchalk v. Benson, 409 U.S. 63 (1972). 二進化十進数を二進数に変換する方法(狭義のアルゴリズム)を特許主題として認めない(反対意見なし)。

15 Diamond v. Diehr, 450 U.S. 175 (1981). ゴム鋳型中の温度を継続的に測定して計算機に入力、アルレニウス式によって加硫時間を再計算して、完了時間をしらせる方法の特許性を認める(5対4)。

16 In Re Alappat, 33 F. 3d 1526 (Fed. Cir.1994), en banc(オシロスコープ上の折線を連続的に見せる数学的近似法)、In Re Warmerdam, 33 F. 3d 1354 (Fed.Cir. 1994)(ロボット衝突防止のための階層仮想バブル・アルゴリズム(アルゴリズムそれ自体のクレームは拒絶)によって生成されるデータでコンフィグしたメモリーを有する装置)、In Re Lowry, 32 F. 3d 1579 (Fed. Cir. 1994)(「データ・ストラクチャーを格納したメモリーは印刷物と同じではない。発明が、情報を、人の心ではなく機械で処理することを要件としている場合、印刷物論は通用しない」として、具体的なデータ・ストラクチャーを特許主題として認める)。

17  U.S. Patent and Trademark Office, Examination Guidelines for Computer-Related Inventions, Docket No.950531144-5304-02, RIN 0651-XX02, 7478 Federal Register, v. 61, n. 40, February 28, 1996, Notices.

18 平成8年8月8日づけ「特定技術分野の審査の運用指針(草案)」第1章コンピューター・ソフトウエア関連発明/「産業上利用することができる発明」の審査の運用指針。

19 PAUL R. KRUGMAN, ed., STRATEGIC TRADE POLICY AND THE NEW INTERNATIONAL ECONOMICS (The MIT Press, Cambridge, Ma., 1986), pp.6/12 (Krugman), 25 (Brander), 290 (Dixit) は、国家による通商政策の目的が、国内および国際市場における不完全競争によって創出されるレントの争奪にあるという興味深い仮説を提示している。ただ、同仮説の検証作業(Tyson, Yamamura)は、それぞれ日本の半導体、テレビ産業についてのはなはだしい事実誤認にもとづくもので、失敗である。KEOHANE, supra, p.79も、国際レジーム形成の動機のひとつとして「レントの創出と分配」をあげている。

20 出典は科学技術白書平成8年版416頁だが、そこには輸出入金額と収支比しか出ていないので、私が収支額を計算してグラフ化した。もとの数値は、日本は日銀、米国は商務省、ドイツはドイツ連銀、フランスは経済財政省とまちまちで、商品貿易統計よりは精度がだいぶ落ちるはず(商品貿易統計ですら巨額の誤差が出ている)。

 日本にはこの種の統計が2種類・・日銀統計と総務庁統計・・あり、結果が大きく違う(収支尻に関しては総務庁の方が甘い・・よく新聞で日本の技術貿易収支が黒字に転じたなどと報道されるのはこちらのほうである)。しかし、私は、他国との整合性を考えて、外為法の強制届出を集計した日銀国際収支月報のほうをとった。映画やCDの貿易は、理論的には著作権のライセンスだが、ここには含まれていない(商品貿易収支にはいっている)。

 このグラフは一見かなりショッキング・・だから科学技術白書がグラフ化していないのだろう・・だが、日本の商品貿易収支大黒字の裏返しの一環にすぎないので驚くほどのことはない。ただ、このような状況が長期間続いていることが、日本の産業構造を、レント争奪戦に対して弱い体質に固定してしまっていることを指摘したい。

 更新(05-5-27):8年後の状況は更に不気味である(下図は円建て)。おそらく中国がロイヤルティ支払い大国として本格的に登場してきたのであろう。

 更新(03-6-16):日経新聞 03-6-12 によると、日米両政府は、来年発効予定の日米租税条約改正で、ロイヤルティ源泉税控除(10%)を廃止し、全額相手国に送金することにしたらしい。55か国と同様の租税条約を結んでいる日本にとってはじめての課税権放棄である。日本は米国に対して常時支払い超過(日銀統計)なので、技術貿易収支の差が今後さらに開くことになる。新聞によると、日本は、今後途上国にも同様に課税権を放棄してもらって、ロイヤルティ受取りを増やすので、税収減は一時的だそうな。この新聞の見出し「知的財産立国、税制から後押し」は痛烈な皮肉である。

21 前注2。

22 科学技術白書平成8年版137頁は輸出と輸入を分けてグラフにしているので、技術貿易額(輸出入合計)の急増がもっとよく分かる。

23 本間忠良、「知的商品市場の失敗と訴訟の役割」、『日本工業所有権法学会年報』20号(1996年)。

24 Motion Picture Patents v. Universal Film Manufacturing, 243 U.S. 502 (1917); Carbice of America v. American Patent Development, 238 U.S. 27 (1931); Leitch Manufacturing v. Barber, 302 U.S. 458 (1937); B. B. Chemical v. Elmer Ellis/Magic Tape, 314 U.S. 495 (1942); Morton Salt v. G.S. Suppiger, 314 U.S. 488 (1942); National Lockwasher v. George Garrett, 137 F. 2d 225 (3rd Cir. 1943); International Salt v. U.S., 332 U.S. 392 (1947); Ira McCullough v. Kammerer, 166 F. 2d 759 (9th Cir. 1948).

25 International Business Machines v. U.S., 298 U.S. 131 (1936).

26 US v. Loew's, 371 US 38 (1962).

27 Automatic Radio Mfg. v. Hazeltine Research, 339 U.S. 827 (1949).

28 Zenith Radio v. Hazeltine Research, 395 U.S. 100 (1969).

29 Walter Brulotte v. Thys, 379 U.S. 29 (1964).

30 Laitram v. King Crab, 244 F. Supp. 9 (D. Ala. 1965).

31 American Photocopy v. Rovico, 359 F. 2d 745 (7th Cir. 1966).

32 Zenith Radio v. Hazeltine Research, 395 U.S. 100 (1969).

33 Lear v. John Adkins, 395 U.S. 653 (1969).

34 Continental TV v. GTE Sylvania, 433 U.S. 36 (1977).

35 DOJ Antitrust Guidelines of Licensing of Intellectual Property, BNA: Patent, Trademark & Copyright Journal, 714-5 Vol. 49 (April 13, 1995). Also Id., n.10.

36 Jefferson Parish Hospital v. Hyde, 466 US 2 (1984)/Digidyne v. Data General, 734 F. 2d 1336 (9th Cir. 1984)/Eastman Kodak v. Image Technical Services, 504 U.S.--, 112 S.Ct. 2072 (1992).