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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略

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経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act  Exercise 60 Cases

情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution

論文とエッセイ(日本語)Theses and Essays

 

ジレンマ チキン・ゲーム 知的財産権

知的商品市場の失敗と訴訟の役割

『日本工業所有権学会年報』(1997年5月)

本間忠良 

1.はじめに
2.知的商品モデル
2.1.商品特性
2.2.市場特性
2.3.価格形成プロセス
2.4.企業における価格決定プロセス
3.事業戦略としての訴訟
3.1.訴訟戦略の要素
3.2.訴訟戦略の技術
4.おわりに

 

1.はじめに 

 「反トラスト分析の目的上、[米国]司法省・・は、知的財産を、他のすべての・・財産と本質的にコンパラブルなものとみなす。・・といっても、それは知的財産がすべての点で他の・・財産と同じだといっているのではない。知的財産は・・他の多くの・・財産と区別される特性を持つ。[しかし]・・知的財産所有者の排他権は、他の・・財産所有者が享受する諸権利と同一のものである。[一方]・・市場力とは、実質的な期間、競争水準よりも価格を高く、または供給量をすくなく保つ能力である。・・知的財産権は、特定製品/方法・・に関する排他権を与えるが、かかる製品/方法・・の現実のまたは潜在的な代替物が存在して、市場力の行使を妨げていることが多い」(1)

 以上は、現在、米国行政府の知的財産観を代表する認識と思われるが(2)、これについてはもうすこし深く考える必要がある。司法省は、知的財産の排他権によって創出される独占価格が、市場における競争によって均衡点に向かって収斂するという予定調和仮説に立脚しているのだが、司法省も認めている知的財産と一般の財産の違いが、この調和にどのような影響を及ぼすかを、経験によって検証しなければならない。

 ハイテク産業における知的財産取引きは、そのほとんどが、売買ではなく、非排他的ライセンス取引きである(3)。本稿では、非排他的ライセンスのオファーがなされている特許権に着目し(4)、特許権とその市場を一般の財産(以下「有体商品」)と比較することによって、現在、市場原理による特許権の価格(5)形成が、司法省が期待するほどうまく機能していないことを観察し、これを補完するものとして、事業戦略としての訴訟が常態化していることを示そうとするものである。
 

2.知的商品モデル 

2.1.商品特性 

2.1.1.排他性の欠如

 有体商品の譲渡や賃貸とちがって、特許権者は、同じ特許権を同時に何人にもライセンスすることができる。ここでは、これを特許権ライセンスにおける排他性の欠如と呼ぶことにしよう。

2.1.2.権利範囲の不明確

 有体商品にくらべて、特許権は権利範囲の可視性が低い。もちろん特許権にはクレームがあるが、これが解釈や均等論によってファジィ化している(6)。また、いったん成立した特許権でも、のちに無効・執行不能の判決を受ける確率が(とくに米国で)大きい。

2.1.3.倫理的偏見

 特許権の取引きにおいては、倫理的偏見の影響が有体商品の場合より強い。もちろん、有体商品でも侵害者に対する倫理的な非難はなされるが、特許権の場合は、模倣者の徳性だけでなく知性に対する攻撃も加えられる。

2.1.4.支配力

 有体商品にくらべて、特許権の独占性の広がりが大きい。有体商品であれば所有権の独占は占有物にしか及ばないが、特許権者はすべての同種物を排除することができる。
 

2.2.市場特性 

2.2.1.価格情報

 特許権ライセンス市場においては、価格情報が売手(権利者)と買手(潜在的ライセンシー)のあいだで極端に非対称である。売手は各買手がオファーした価格条件をすべて知っているが、買手は自分の情報しか持っていない。一般にライセンス条件はコスト情報の一部として営業秘密とされており、また買手間での情報交換は反トラスト法に接触する可能性がある。このような状況下では、交渉力は売手のほうが圧倒的に強い。

2.2.2.リスク

 事業リスクも極端に非対称である。もし、競合技術の出現などで特定の特許権の価値が大きく減ずるような場合、ライセンサーはランニング・ロイヤルティ収入を失うだけだが、ライセンシーは巨額の事業化投資を失うことになる。ランプサム・ペイメント、アドバンス・ペイメント、ミニマム・ロイヤルティなどはこの非対称を拡大する。これらがぜんぶサンク・コスト(回収不能の市場参入コスト)となって、ライセンシーが競合技術を採用する意欲を抑制するのである。

2.2.3.戦略性

 交渉がきわめて戦略的である。一般の有体商品では市場が価格の相場を形成し、交渉で相場から大きく離れることはない。市場が信頼されているのである。しかし、特許権ライセンスの価格交渉では、価格情報を持っていない買手は戦略的に行動する。買手は、交渉上の劣位を相殺するためブラフ(恫喝)に出る。特許権の有効性・抵触をすべて否定して、製品発売に踏みきるという瀬戸際戦略を強いられるのである。これが訴訟になると、故意侵害という攻撃を受け、リスクが3倍加する。

2.2.4.反競争的慣行

 競争者間の反競争的結合の可能性が大きい。有体商品市場では本来競争者間に事業協調関係は存在しないが、特許権では、もともと、水平関係であれば競争者間の、垂直関係であればライセンサーを中心とするアンブレラ状のライセンス契約が存在しており、それが特許制度の目的を超えた取引制限組織(たとえば並行輸入制限による世界市場分割)に転化(spill over)しやすい。また価格差別や差別的販売拒否が有体商品より容易である。有体商品の価格差別を禁止するロビンソン・パットマン法は特許権ライセンスには適用されないし、また、1988年改正特許法271条(d)(4)によってライセンス拒否が特許権濫用事由からはずれたため。被差別買手からの攻撃手段が、独占行為のシャーマン法2条と抱合わせのクレイトン法3条しかないからである。
 

2.3.価格形成プロセス 

2.3.1.限界コスト

 排他性の欠如の故に、特許権ライセンスの限界コストはゼロに近い。一般に、有体商品の価格は、競争によって、その限界コスト(変動コスト)に向かって収斂する。しかし、すでにn人にライセンスしているライセンサーは、n+1人目にライセンスするのに、追加のコストを要しない。

2.3.2.固定コスト

 特許権ライセンスの固定コストは、一般にその開発投資額に等しい。特許発明の開発投資は、事業化投資にくらべてはるかに小さい。知的財産権の保護理由としてよくあげられる「巨額の開発投資がコピーによって無に帰す」という理由づけは誇張であることが多い。  

2.3.3.取引きコスト

 権利範囲の不明確、倫理的偏見、取引きの戦略性が原因となって、特許権ライセンスの取引きコストはきわめて大きい。企業は、100億円の製造設備を買うのに、資材購買部が1週間で交渉をすませ、交渉の巧拙の影響はせいぜい数億円である。しかし、100億円の特許権ライセンス導入では、渉外部が3年がかり、おそらくは訴訟を経由して(敗訴のリスクをおかして−−というのは、おそらくこの間に事業はスタートしているから)、やっと契約にいたるのがふつうである。費用は十数億円かかり、交渉の巧拙で数十億円の差がつく。

2.3.4.価格の高騰

 特許権ライセンスの価格は、最恵国約款(mfn)や権利の強化(いちど裁判で勝訴した特許権(adjudicated patent)では仮差止めが容易に認められる)によって、後発買手に対するほど高くなる。先発買手からのロイヤルティ収入によって、売手側に軍資金ができ、交渉力が強化される。これが後発買手のパニックを誘発する。さらに、特許権に固有の市場支配力と、特許権市場の反競争的構造によって、特許権ライセンスの価格は、現に1980年代中期以来、高騰を続けている。

2.3.5.まとめ

 有体商品市場とくらべて、特許権ライセンス市場では、自由競争による均衡価格の形成がはるかに困難である(協調解の不存在)。言いかえれば、商品としての特許権の公正市場価額や相場が見えないのである(7)。このことが、現在、特許権ライセンス取引きを不安定にし、特許権ライセンスの価格を高騰させ、それによって製造業と非製造業(発明家や研究所)のあいだの資源配分を歪曲して、先進国製造業の空洞化を加速している。
 

2.4.企業における価格決定プロセス 

 相場や公正市場価額が崩壊した1980年代中期以来、企業は、製品開発計画の策定にあたって、他社特許権ライセンスのコストを最大いくらに見積もるか(これ以上なら事業化を断念する)の決定について混迷状態にある。企業の内部では、高額のロイヤルティをトップに説得するため、いろいろな正当化理由が試みられた。  

2.4.1.報酬説

 ロイヤルティは発明者に対する報酬だという伝統的な理由づけだが、これでは答えにならない。報酬をどうやって決めるかが問題なのである。

2.4.2.公正市場価額説

 これは、仲裁や特許庁による裁定ロイヤルティなどとの関連で主張されることが多いが、やはり、「公正」をどうやって決めるかが問題である。とくに、特許権が差止請求権(事業に対する生殺与奪の権であり、状況によっては価格が無限大になる)を持っていることから、「公正」の均衡点がそもそも存在するのかどうかすら疑わしい。

2.4.3.開発費負担説

 特許発明の開発費用が事業化費用にくらべてはるかに小さく、また潜在的ライセンシーの数(分母)が確定しないため、説得力にとぼしい。

2.4.4.最大受忍コスト説

 これはリカードゥの地代論の応用で、携帯電話の必須規格特許のようないわゆる "Pay、 or die" 特許では現実に採用されている有力説だが、ほかにも必須特許やサブマリン特許がある場合、決定要因にはならない。

2.5.5.横並び説(相場説)

 日本型トップが最も好むこの理由づけは、ライセンス価格情報の非対称性を考えるとき、実は大きなリスクをはらむ。売手は、先発買手との最恵国約款(mfn)によって、後発買手ほど高い価格をオファーするよう拘束を受けているのがふつうである。

2.5.6.投機買い説

 現に若干のエレクトロニクス大手が採用している方法で、出願公開段階で青田買いをする。しかし、無駄も多いので、保険料相当の安い価格でなければビジネス・デシジョンとしては正当化できない。

2.5.7.訴訟リスク説

 現在企業トップに対して最も説得力があるのがこの理由づけである。

特許権の最高価格=訴訟になる確率(a)x敗訴の確率(b)x敗訴の場合の予想損失額(c)+訴訟経費(d)。

 注:(a)通常、自分の特許権からの利潤を最大化しようとする権利者は訴訟を望んでいない。しかし時間がたつほど、@契約者が増えて戦費ができる、A先発契約者とのmfnに拘束される、B未契約者に対する訴訟抑止力(脅し)の信認性を確保する、などの理由から訴訟の確率が増大する。

   (b)弁護士意見書による。

敗訴の確率=(1−特許無効確率(b1))x(1−執行不能確率(b2))x抵触確率(b3)。

(b1) 無効の立証レベルはclear & convincing evidence(それでも訴訟における特許無効確率は40%に達する)。

(b2) 執行不能の立証レベルも同上。確率(とインパクト)も一般に考えられているより大きい。権利者側にとっては以上の2つだけがリスクである。この点で、訴訟リスクも非対称である。

(b3) 立証レベルはpreponderance of evidenceだが、均等論に要注意である。

   (c)リスク・マネジメントは、弁護士ではなくてビジネスマンの仕事である。設計変更、販路変更などによる差止めリスクの回避がメインになる(8)。回避コストは訴訟経費と同じくサンク・コストと考えざるをえない。損害賠償対策については、利息や準備金など税務上の配慮が望ましいが、現在、無税の引当ては不可能のようである(そこに保険の出番がある)。

   (d)訴訟経費は係争額と比例しない。訴額が大きいほど割安になる。
 

3.事業戦略としての訴訟 

 以下は、特許権の買手(潜在的ライセンシー)側から見た、事業戦略としての訴訟のケース・スタディである。

 このような「事業戦略としての訴訟」という発想自体に対する倫理的な反発が予想される。前述の倫理的偏見の項を想起されたい。しかし、私はこのような戦略が社会的に望ましいと言っているのではない。これは、知的商品の市場がまだ機能していないのに、知的財産権の聖域化だけを急いだ米国レーガン政権の産業競争力政策が招いた変則的な事態である。

 ケースとしては、米国連邦地裁での陪審トライアルを想定し、特許権者からの侵害訴訟を防御する被告の立場をとっている。また、これは訴訟に勝つためのノウハウではなく、あくまでも特許係争の戦略性を例証するための仮設的なケース・スタディである(9)。 

3.1.訴訟戦略の要素 

 まず時間の要素である。一般に、被告にとって、訴訟は長くかかるほど有利である。また、反トラスト法や衡平法による抗弁や反訴などもふくめた複雑な戦いかたが有利である。特許訴訟の原告は、通常、quick money を求めて電撃戦(Blitzkrieg)をしかけてくるので、塹壕戦は本意ではない。だから、従来は、関税法337条の圧力下での和解が好まれていたのである(10)

 また、とくにハイテク分野では、長引く訴訟のあいだに、技術の進歩によって市場が特許製品から離れ、原告の差止請求が空振りになって、交渉力を喪失することが多い。この点で、原告からの仮差止請求に関する判事命令が訴訟前半のヤマ場になる。

 つぎが費用の要素である。米国での訴訟はいわば消耗戦(war of attrition)である。以前は訴訟を天災視していた日本企業も、最近、とくにハイテク機器メーカーを中心に、係争額見積りの10%程度を訴訟経費として予算化しているところが増えている。

 さいごが人の要素である。まず被告側の訴訟代理人であるが、特許出願の専門家だけでは不十分である。特許専門家はやはりどこか権利者サイドに立つ心理がある。だから反トラスト弁護士と組み合わせるとバランスがとれる。

 また、訴訟が始まると、つぎつぎに会社としての重要な決断に迫られることになるが、社内体制として最も重要なのは、訴訟指揮の全権を委任された部長級の将師(11)の資質である。

 つぎに、膨大なディスカバリー圧力に耐え得る若手担当者のグループが必要である。訴訟は、内外のあらゆるビジネス情報に接し、またつねに戦略的決断にさらされることで、幹部候補生訓練の絶好の場となっている。

 トップ経営者の役割は主として精神的なものだが、原告はかならずトップのデポジションを要求してくるので、とくに同業者とのコミュニケーションについては慎重にしなければならない。

 被告の営業部門は、いったん特許係争にはいると客先からの免責(indeminification)要求にさらされるので、強い当事者意識が必要なのだが、実際は事なかれ主義で、訴訟遂行上負担になることが多い。

 同業者とのコミュニケーションは、反トラスト法問題、裏切りなど、マイナス要因だけである。さいごにマスコミについていえば、一般に press war は体面を気にする日本企業にとって不利である。 

3.2.訴訟戦略の技術 

 本稿の性格上、訴訟手続きに深入りすることは避けるが、訴訟を事業戦略の一部として遂行するためには、訴訟前から、訴訟を前提としたビジネスを日常化しておく必要がある。たとえば、客先が提訴を受けた場合、納入契約の免責条項によっては防衛体制が崩壊してしまうことがある。まさにこれを狙って、特許権者は、最近、戦闘力のあるメーカーをあえて避けて、販売業者だけを訴える戦略をとりはじめている。また、ライセンス交渉では、交渉が不調で訴訟に発展することを予想して、相手の言質(後日トライアルで 、故意侵害、不衡平行為、黙示のライセンスなどのadmissionとして使う)をとろうとすることがよくおこなわれる。

 訴訟開始直後、管轄権不在、裁判地移送、対客先訴訟の停止などのモーションの打ち合いが始まる。また、原告のリスクを大きくするため、反トラスト法やRICO法(12)による反訴や逆提訴もおこなわれる。もちろん、いずれの場合も to the best of one's knowledge ベースの根拠が必要だが、原告も戦略的に行動しているので、ルール11(根拠のない訴訟などに対する制裁)(13)をパスするのは比較的容易であろう。

 訴訟中盤のヤマ場はディスカバリーであるが、これについてはすでに広く論じられているので、ここでは省略する。ただプリトライアル末期におこなわれる略式判決モーション(14)と和解の試みについて触れておきたい。まず。最近の連邦最高裁 Markman v. Westview 判決(15)で、特許クレームの解釈が陪審領域ではなく法廷領域だということになったため、事実について争いのない事項について判事のみで判決できる略式判決の戦略的重要性が飛躍的に増大した。また、戦略論で、一般に、戦争を終わらせるのはそれをはじめるよりはるかに困難だとされている(16)とおり、訴訟中は法廷以外での原被告間のコミュミケーションがとだえてしまうので、よほど形勢に差がつかないと和解のチャンスは生まれない。特許クレームについての略式判決がここでも和解への圧力になるだろう。また、この段階では、判事および訴訟代理人にとって、価格情報は、もはや非対称ではない。

 訴訟のクライマックスはもちろん陪審トライアルである。日本企業が米国法廷で陪審の審理を受ける場合、人種偏見に対する懸念がよく聞かれるが、その点で、訴訟初期の裁判地移送モーション(17)が重要である。しかし、人種偏見より、エジソン神話につちかわれた米国陪審員のプロパテント偏見のほうがより心配であろう。だからこそ、反トラスト法や衡平法抗弁が重要なのである。もっとも、前述の Markman 判決の結果、特許権侵害訴訟が陪審トライアルまでいく可能性は激減したと思われる。
   

4.おわりに 

 合理的な価格決定メカニズムのない失敗市場で、生煮えの交渉で大金を払うと、経営責任が問われる可能性すらある。現段階では、特許権ライセンスの価格は市場では均衡しない。裁判所における両当事者の戦略的行動が、市場行動のかわりになっている。これが近年における特許権侵害訴訟急増の構造的原因である(18)

 しかし、特許権の価格決定を司法裁判に委ねることは、取引コストが高すぎて、とうてい合理的な社会プロセスとはいいがたい。有体商品でも自由市場が形成されるまで数百年かかったのである。知的商品の自由市場を早急に実現したいのであれば、価格情報の公開、反競争的行動(mfn)、ランプサム、アドバンス、ミニマムなど、従来伝統的な反競争行為の類型に入っていなかった市場歪曲行為もふくめての規制など、国家権力による市場インフラストラクチャーづくりがどうしても必要であ る。

 さいごに、特許権ライセンスはすでに世界商品である。WTO−TRIPS協定は特許権に関する世界レジーム確立への大きな動きであった。その成果は、加盟国の保護水準アップやハーモナイゼーションによる世界貿易促進という建前だけにとどまるものではない。いわば21世紀世界貿易レジームの基盤となる財産権の画定をおこなったのである(19)。今後は、特許権の世界市場における競争インフラストラクチャーの強化が国際法の課題である。次回「貿易と競争」ラウンドでは、TRIPS協定ではリップ・サービスにとどまった制限的事業慣行(RBP)問題、TRIPS協定で積み残しになった並行輸入問題など、自由で透明な市場における知的商品の合理的な価格形成を助けるための国際合意が交渉されなければならない。
 

 

1  DOJ Antitrust Guidelines for Licensing of Intellectual Property, BNA : Patent, Trademark & Copyright Journal, 714-5 Vol. 49 (April 13, 1995)。

2  裁判所はかならずしも同じ認識ではない Id., n.10。

3  排他的ライセンスを好む少数の業種もあるが、これは商品特性としては知的財産権そのものの売買に近く、また市場分割動機が強いので、別の機会に論じることにする。

4  司法省は、ここでいう知的財産として、特許権と著作権をあげているが、本稿における私の検証結果は、すくなくともプログラム著作権には、わずかな修正で適用できるように思われる。してみると、本稿の議論をさらに発展させるためには、商品としての特許権とプログラム著作権ライセンスを「知的商品」という新語で括ってみるのも一法であろう。

5  ロイヤルティのことである。以下同様。

6  この点で、プログラム著作権の look and feel 判決群が想起される。またトレード・シークレット はまさに定義上外部から不可視である。

7  特許ライセンスの価格交渉においては、権利者側、潜在的ライセンシー側いずれも、かならず、 平和的な交渉で妥結するか(「C」)、訴訟で決着をつけるか(「D」)の決断を迫られる局面がある。これは次のような2行2列ゲームになる。             

    C  D

 C  r,r  s,t    

 D  t,s  p,p     

r(eward) = 平和的交渉で妥結した場合双方が受け取る利得
s(ucker) = 訴訟の脅しに屈した側が受け取る利得
t(emptation) = 訴訟の脅しに成功した側が受け取る利得
p(enalty) = 訴訟で決着した場合双方が受け取る利得

前置が行側、後置が列側の利得である。

本稿で提示した知的商品モデルにおいて、取引きコスト(>0)、訴訟リスク(=1/2)、「事業戦略としての訴訟の合理性」(p>s)を前提すれば、t>r>p>s、r>(t+s)/2 を満足するから、これがいわゆる「囚人のジレンマ」ゲームになって、双方にとって第3志望ながら訴訟による解決(p,p)という安定なナッシュ均衡を得る。STEVEN J. BRAMS, NEGOTIATION GAMES, (Routledge, New York, 1990), p.104。これが無限繰り返しゲームになれば、いわゆる tit for tat(最初にCを選択し、以後前回の相手の選択を「オウム返し」する)戦略をとるプレーヤーが、長期的には最大の利得を得るという準協調解がある。ROBERT AXELROD, THE EVOLUTION OF COOPERATION, (BasicBooks, 1984)。しかし、大型特許係争のように、同一当事者間ではあまり反復性がない場合、この繰り返しモデルは通用しないだろう。ちなみに、上の説明で、「事業戦略としての訴訟の合理性」を前提しない(p<s)場合は、t>r>s>pとなって、いわゆるチキン・ゲームという、ナッシュ均衡がふたつある不安定な状況が現出するのだが、米国のような倫理的動機にもとづく懲罰的損害賠償が、「事業戦略としての訴訟の合理性」の前提を崩し、ビジネス紛争をチキン・ゲーム化している。

8  被告によるリスク回避行動が、陪審によって故意侵害の admission だと認定される危険性があるので、それに反証できる書証を保存しておかなければならない。

9  本間忠良「米国における特許侵害訴訟の実態」、柏木 昇編『日本の企業と法』(有斐閣、1996年)。

10 1994年ウルグアイ・ラウンド協定法による改正でその威力は半減している。

11 これも戦争用語だが、訴訟を戦争にたとえ、事業目的のために戦争技術を応用するという発想は、ベトナム戦世代に属する米国ビジネスマンに共通のものである。日本のビジネスマンとしてもこれを理解しないと、和戦いずれにおいてもかえって合理的な結果が得られない。なお、クラウゼヴィッツ(篠田訳)『戦争論』(岩波文庫、1968年)、とくに90頁以下。

12 Racketeer Influenced and Corrupt Organizations Act, 18 U.S.C. 1961, et seq. なお、本間忠良「米国における特許関連違法行為と民事RICO法」、『特許研究』第16号(特許庁、発明協会、1993年10月)。

13 Federal Rules of Civil Procedure, Rule 11。

14 Id., Rule 56。

15 Herbert Markman and Positek, Inc. v. Westview Instruments, Inc. and Althon Enterprises, Inc., 116 S. Ct. 1384, 134 L. Ed, 2d 577, 64 USLW 4263, 38 U.S.P.Q. 2d 1461 (1996)。なお、本間忠良「最近の判例」、『アメリカ法』1997年1月号(英米法学会)。

16 FRED C. IKLE, EVERY WAR MUST END (Columbia University Press, New York, 1971)。 フレッド・C・イクレ(桃井訳)『戦争終結の理論』(日本国際問題研究所、1974年)。

17 28 U.S.C. 1405。

18 特許侵害訴訟の提訴件数は、93年、94年それぞれ1,618件、1,723件と、89年に比べてそれぞれ 29%、37%アップしている。 Administrative Office of the U. S. Courts, U.S. Courts: Selected Reports (1994) (1995), Table C-4 ("U.S. District Courts, Cases Terminated, By Nature of Suit and Action Taken During the Twelve Months Period Ended Sept. 30, 1994 (1995)")。

19 本間忠良「TRIPS協定がめざす21世紀世界像」、『国際経済法学会年報』第5号(1996年)。