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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略

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経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act  Exercise 60 Cases

情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution

論文とエッセイ(日本語)Theses and Essays

 

 

米国におけるインク/トナー・カートリッジ再生ビジネスに関する最新の判例動向

                  ――反トラスト法適用の可能性にも着目して(Working Paper

 

                                                               201161日 本間忠良[1]

 

1.問題の所在と結論:  

プリンターの使用ずみインク/トナー・カートリッジを市場から入手して、それにインク/トナーを再充填して販売するビジネスについては、米国連邦民事法廷で、すでにいくつかの判決があり、そのすべてが、問題のカートリッジ上にプリンター・メーカーの特許や著作権などの知的財産権が存在し、インク/トナーの再充填行為がそれらの知的財産権を侵害するか否かが争われた事件である。  

このうち、とくに特許権を根拠とする事件のほとんどにおいて、再生業者は、カートリッジがはじめプリンター・メーカーによって販売されたとき特許権が「消尽」するから、インク/トナーを再充填しても、特許権を侵害したことにはならないと主張し、一方、プリンター・メーカーは、はじめの販売において、カートリッジに「1回限り使用」などという限定表示を付したことによって「消尽」を遮断していると主張するのがつねであった。1992年の連邦巡回裁Mallincrodt v. Medipart事件判決[2]が後者を支持し、これに従う下級裁判決が続出した。  

しかし、2008年の連邦最高裁Quanta Computer v. LGE事件判決[3]、これらの下級裁判例を一掃した。あたらしい判例原則にもとづく最初の地裁判決が2009年のStatic Control Components(以下「SCC」)v. Lexmark International(以下「Lexmark」)事件判決[4]である。  

SCC v. Lexmark事件では、同一の事実に対して2つの訴えが係属した。まず、@著作権侵害事件判決では、知的財産権がもっぱら再生ビジネスを妨害することを目的として取得されている(「ロックアウト・コード」)と認定された。つぎに、A消尽問題を正面から扱った特許権侵害事件判決では、「1回限り使用」の限定表示にもかかわらず、メーカーによるカートリッジの販売によって、知的財産権が「消尽」したと認定された。  

とくにAの特許権侵害事件判決は、インク/トナー・カートリッジ再生ビジネスにおける消尽問題に関する最終解答に近い(反トラスト法問題が未解決。日本のキャノン対リサイクルアシスト事件最判(平成19118日)のように特許権消尽が否認された場合、再生業者の最後の砦が反トラスト法なので、その適用に関してはさらなる検討が必要である)。  

日本では、プリンター・メーカーが、知的財産権ではなく、カートリッジの所有権にもとづいて再生業者によるカートリッジの入手を阻止しようとする企図(所有権留保付売買の「所有権的構成」をヒントにしたスキームとおもわれる)がみられる。米国では、連邦裁、州裁とも、インク/トナー・カートリッジの所有権のみにもとづく返還請求が認められた判決は見当たらない(債権侵害は特許権侵害事件の中で付随的に主張されることがある)。  

以下SCCLexmark事件をやや詳細に――判決に直接影響を与えなかった反トラスト法に関する争点もふくめて――検討する。

 

2Lexmarkの「プリベート・プログラム」[5]

 

Lexmark(レックスマーク)社[6]は、同社レーザー・プリンター用に、「プリベート」と「非プリベート」の2種類のトナー・カートリッジを販売している(構造・機能はまったく同じ)。プリベート・カートリッジは、ユーザーに前払いディスカウント価格(約$5引き)で販売され、カートリッジ上には、いわゆる「シュリンク・ラップ」表示が貼付されていて、そこには、「ユーザーがカートリッジを使用したら、@カートリッジを1回だけ使用すること、A使用ずみのカートリッジをLexmarkに返却すること(以上「制限条項」)に同意したことになる」と書かれている。非プリベート・カートリッジには、ディスカウントがなく、これらの使用制限もないため、ユーザーまたは第三者によってトナーの再生・再使用が自由にできる。  

この制限条項を物理的に強制するため、Lexmark社のレーザー・プリンターでは、プリベート/非プリベートを問わず、トナー・カートリッジに装着されたマイクロチップ中のトナー・ローディング・プログラムがトナーの残量値を記録、これをプリンター本体中のプリンター・エンジン・プログラムが読みとって規定値と比較し、双方が合致しないとプリンターが停止するようになっている(したがって使用ずみのカートリッジにユーザーまたは第三者がトナーを再充填してもプリンターが動かない)。

 

3.著作権侵害事件

 

31.訴訟と地裁判決

 

SCCは、インク/トナー・カートリッジ再生業者むけに、必要な部品・材料を製造販売する業態である。SCCは、トナー・ローディング・プログラムをデッド・コピーした(同社自認)マイクロチップを製造して、トナー・カートリッジ再生業者に販売した。Lexmarkは、20021230日、SCCを、著作権侵害(無断複製)とDMCA[7]違反(アクセス・コントロール迂回)で提訴、仮差止を請求。  

地裁は、SCCの@公正利用、Aミスユース、Bリバース・エンジニアリング抗弁をすべて却下して、Lexmarkの仮差止請求を容認した[8]SCCは、答弁書修正で、LexmarkによるC取引制限合意(カルテル)、D独占行為という反トラスト法による抗弁と反訴を提起したが、地裁は判断していない(仮差止段階だから)。SCC控訴。

 

32.巡回裁判決と「ロックアウト・コード」

 

巡回裁は、Lexmarkのトナー・ローディング・プログラムを「ロックアウト・コード」(判決文で使われていることば)と認定、互換妨害というアイデアと一体(idea-expression merger)であり、かつ機能によって強制される表現(scènes à faire)だから、Lexmarkは本案での成功の蓋然性を確立していないとして、地裁仮差止命令を破棄した。DMCA請求も棄却[9]。この判決は、より一般的に、互換妨害のみを目的とする知的財産権を行使不能とする判断を示した点でも重要である。

 

4.主として特許権侵害事件

 

41.提訴

 

SCCは新チップに切り替えるとともに、2004224日、@新チップがLexmark著作権を侵害していないこと、ADMCA違反でないことの確認を求める別訴を提起した(損害賠償請求対策)。  

Lexmarkは、2004316日、SCCおよび再生業者数社(Pendl等)に対して、@故意の特許権侵害および寄与侵害、ADMCA違反、B債権侵害(Kentcky州法上の不法行為)による損害賠償と差止を請求して反訴。両訴訟は併合された[10]

 

42.故意侵害と学者/弁護士意見書

 

ディスカバリーにおいて、SCCは、故意を反証するための主観的要因(state of mind)として、学者や弁護士の意見書を提出した(意見書はSCCの顧客である再生業者やエンド・ユーザーにまで開示されている――弁護士秘匿特権につき議論あるもここでは省略)。  

ノース・カロライナ大Walter Blakey教授(契約法)199898日付意見書:「私の意見によれば、Lexmarkのプリベート・プログラムは、エンド・ユーザーにおいて使用ずみのプリベート・カートリッジを、第三者が購入/再利用することを妨げるいかなる法的障壁をも構成しない。本意見書は、Lexmarkプリベート・プログラムに対する特許法や反トラスト法の適用を扱ってはいないが、私は、いずれの法分野においても私の結論に疑点をさしはさむ理由を見出さない。逆に、いずれの法分野においても、使用ずみカートリッジの再利用を妨害しようとするプリンター・メーカーの企図を阻止するドクトリンが存在する[11]」。  

再生業者Pendlの外部弁護士Robert D. BeckerCoudert Brothers)意見書:「我々の意見によれば、PendlLexmarkプリンターの交換カートリッジを販売する権利を有する」[12]

 

43.著作権の公正利用

 

著作権侵害問題に関して、地裁は、SCC有利のsummary judgment[13]を言い渡した:「Lexmarkのトナー・ローディング・プログラムは著作物の要件に欠ける(創作性不十分)。かりに要件を満たしたとしても、SCCの公正利用抗弁が成立(互換性interoperability達成のための唯一の手段)」。

 

44.「1回限り使用」表示の拘束力

 

SCCは、Lexmarkの債権侵害による請求(4.1)に関し、「シュリンク・ラップ」表示+ユーザーの使用が、Kentucky州契約法における契約の要件「意思の一致」に当たらないから契約は成立せず、したがって債権侵害もないとして、summary judgmentを申立てた。判決はこの「表示+使用」を一般の「附合契約」に類推して契約の成立を認め、SCCの請求を棄却した。ただ、この判決は、プリベート表示の拘束力を独立して(「スタンドアローン」)是認したものではなく、Mallinckrodt巡回判を根拠としてプリベート・プログラム全体を有効とした判決[14]の一部なので、再審でともに否定されたとおもわれる(4.6参照)。

 

452007SCC v. Lexmark地裁原審

 

地裁は、表示による「1回限り使用」制限を有効と認めたMallinckrodt巡回判(注2)を援用して、本件プリベート表示つきカートリッジの最初の「権限ある」販売による特許権の消尽を否認した[15]が、SCCQuanta最判(4.6)を援用して再審を請求した。

 

462008Quanta最判

 

LG Electronics(以下「LGE」)はマイクロプチップに関する多数の特許を所有、Intelに製造販売ライセンスを与えていたが、契約には、「LGE特許を使うIntel製品と非Intel製品を組み合わせるIntel顧客には、ライセンスを与えない」という制限条項があった。Intelは、別の基本契約で、顧客に対して、「Intelに対するLGEライセンスは、Intel製品と非Intel製品を組み合わせて製造したいかなる製品をもカバーしない」むねの書面通知をする義務に同意していた(ただし、これの義務違反は、LGEからの特許ライセンスを解除する原因にはならない)。Quantaは、この書面通知を受領しながら、Intel製のマイクロチップを非Intel製品と組み合わせてコンピューターを製造した。LGEQuantaほか多数のコンピューター・メーカーを特許権侵害で提訴。  

LGE v. Bizcom (Fed. Cir. 2006)[16]:「LGE-Intel契約は、特許製品のファースト・セールに通常ともなう特許権の消尽を遮断する。・・消尽論は、明示の条件付き販売やライセンスには適用されない。・・Intelは特許マイクロチップを自由に販売できるが、この販売は条件付きであって、Intelの顧客は、LGEの組み合わせ特許を侵害することを明示で禁止されている」。  

最高裁は、Quanta事件の上告審で、連邦控訴裁の上の判断を否定した:「まず、特許消尽論が方法特許には適用されないというLGEの主張を否定する。本件の場合、方法が製品にじゅうぶん化体(embodied)している。・・連邦控訴裁は、Intelがライセンス契約によって特定態様の販売を禁じられていたから、それは権限ある販売ではないと判断したが、最高裁は、ライセンス契約が、LEG特許使用品を販売するIntelの権利を制限しているとは考えない。Intelには通知義務はあるが、だからといって、Intelの販売権限が条件付きであることにはならない。Intelの販売は権限ある販売だから、特許消尽論が適用され、特許権者は、製品に実質的に化体している特許に関し、特許品の販売後の使用制限を強制するために、特許法を援用することができない」。  

Quanta最判は、「権限ある販売」と「販売後の使用制限」を明確に区別して、後者が特許権の消尽を妨げないことを明瞭にした点で、画期的な意義を有する。「権限ある販売」がなにかを考える前に、「権限ない販売」としてまず考えられるのは、最初に盗まれたり横領されたりして市場に流通してしまった物品である。これらは、たしかに、いくら転々流通したからといって特許権を消尽させる理由にはならないだろう。では、最初にライセンスを受けずに販売された(無ライセンス)物品はどうか。これを盗品や横領品と同視するのが伝統的な判例である。では、販売ライセンスが条件つきだったらどうか。それは「条件」の性質による。特許の専有権を行使する条件――たとえば、輸出国、実施分野、使用方法を制限する条件――なら、消尽を遮断できるだろう(判決はここまで具体的には言っていない)。しかし、特許の専有権とは関係のない制限――たとえば本件のような抱き合わせ義務――は消尽に対抗できない「販売後の使用制限」である。  

これを厳密に区別しないで、最初の販売ライセンスに付された条件――たとえば「1回限り使用」――が、物品の転々流通をどこまでも追求して拘束するとしたのが、1992年のMallinckrodt巡回判であった。これによって、本判決で引用される数々の下級裁判決――Jazz Photo/Bizcom/ ACRA[17]――などを導いてしまった。Quanta最判はこれらをすべて振り出しに戻したのである。

 

472009SCC v. Lexmark地裁再審

 

地裁は、再審の結果、Quanta最判に照らして、原判決を破棄した[18]  

「本法廷は、Lexmarkのトナー・カートリッジ特許権が、同製品の権限ある無条件の販売によって消尽しており、エンド・ユーザーに対してカートリッジ上の「1回限り使用」制限を課そうとするLexmarkのプリベート条件が、特許法上執行不能であると判断する。  

SCCは、『Lexmarkはその特許カートリッジの販売に対してはいかなる制限もつけていない。したがって、そのユーザーに対して課した販売後の使用制限によって、販売ずみの製品中に特許権を温存することは許されない。・・Quanta最判では、下流のユーザーが、LGEが特許権を主張するむねの通知を受けていた場合ですら、かかる特許権の温存が許されなかったのだ』と主張する。本法廷はSCCの主張を支持する。  

Lexmarkは、『Quanta最判は、ファースト・セールが権限ありかつ無条件である場合にのみ消尽が適用されるといっているだけで、本件では、カートリッジの販売がプリベート条件つきだったのだ』と主張し、これに対して、SCCは、『Lexmarkは、General Talking Pictures判決[19]で区別された特許製品の販売制限と販売後の使用制限を混同している。だれでもLexmarkのプリベート・カートリッジを売っている店にはいって、それを買うことができるのだし、ネットでLexmarkから直接買うこともできる。カートリッジを買う前に、プリベート条件に同意する必要はない。Lexmarkのプリベート・カートリッジの販売は、権限ありかつ無条件だった』と反論する。本法廷はSCCの反論を支持する。  

「本法廷は、Quanta最判が、明示的ではないが黙示的に、Mallinckrodt巡回判を否定していると考える(連邦巡回裁はBizcom判決でMallinckrodtを援用し、そのすべてがQuanta最判で否認されたのだから・・)。Quanta最判の広い言明から判断して、同最判はQuanta事件の特定的な事実だけに限定されたものではない。Quanta最判は、特許消尽が方法特許にも適用されると判断した点でも、連邦巡回裁の先例をあきらかに否認している。  

「連邦控訴裁は、B. Braun巡回判[20]を援用して、プリベート・カートリッジに消尽を認めると、Lexmarkが特許の『フル・バリュー』を回収できなくなると判示したが、Quanta最判がこれを無視しているので、本法廷もそれに従う」。  

破棄された原判決は、Jazz Photo Corp. v. ITC, 264 F.3d 1105に従って、外国でファースト・セールされても、米国特許権は消尽しないと判示しているが、LGE v. Hitachi (N. D. Cal. March 13, 2009)[21]は、Quanta最判を広く読んで、「権限ある販売は、外国における権限ある販売をふくむ」と判示している(国際消尽論)。  

地裁の結論:「プリベート・プログラムは特許法のもとで執行不能である」。

 

5.反トラスト法[22]

 

51.競争者の原告適格

 

SCCは、「プリベート・プログラムは、虚偽の制限つきライセンスをでっちあげて競争を制限している」[23]として、Lexmarkによる「反競争的行為」――より具体的には、@マイクロチップ・メーカーとLexmarkの共謀による取引制限とSCCに対する供給拒絶、Aプリンター再販業者を加えた共謀による市場独占、BLexmark単独の独占行為または独占企図――を主張。Lexmarkが棄却申立。  

地裁はSCCの原告適格を否認して、Lexmarkの棄却申立を容認した:「供給者の競争者は、供給者の顧客に直接向けられた反トラスト法違反行為の被害者ではありえない。SCCはマイクロチップ販売市場においてLexmarkの競争者である。主張されている反トラスト法違反の犠牲者は、Lexmarkカートリッジのエンド・ユーザーとLexmarkの直接競争者――つまりLexmarkカートリッジの再生業者である」。  

判決はやや異例の傍論を提示する:「再生業者はあきらかに当事者適格を有する。たとえば、Lexmarkは、@プリベート・プログラムによって、再生業者からの競争を牽制・排除し、A再生業者を訴えると脅し、B互換トナー・カートリッジの供給を制限することによって競争を排除して最終価格を引き上げ、C顧客にトナー・カートリッジが自分だけからしか買えないと思い込ませ、D虚偽のライセンスによって、特許権を濫用して違法な独占を達成し、E再生トナー・カートリッジを好む顧客を隔離した」[24]

 

52.再生業者

 

地裁は、再生業者(Pendlなど)とLexmarkがそれぞれ申し立てていた反トラスト法関連のsummary judgmentを、いずれも棄却[25]した。

 

再生業者の申立について

 

「再生業者は、Lexmarkの一定の流通契約(とくにDell/IBMへのOEM供給契約)が当然違法(per se illegal)の水平的取引制限であり、抱き合わせであることを陪審に認めさせるに足る十分な証拠を提出できなかった。シャーマン法1/2条は、原則違法(per se illegal)、合理の原則(rule of reason)いずれの場合でも、『市場力』と『反トラスト損害』の立証を要する。知的財産権による『市場力』の推定は採らない(Illinois Tool Works最判[26])。  

「『抱き合わせ』における主たる商品はプリンターであるが、LexmarkのシェアはJefferson Parish基準(30%)に満たない。Kodak[27]基準を採るためには、顧客をlock-inしたあとで部品の供給拒絶をした――方針の変更――立証が必要[28]だが、再生業者はこの『方針の変更』(非プリベート・カートリッジを事実として販売していないなど)の証拠を提出していない。  

「『流通契約』は、いくら水平関係でも、あるていどの積極的証拠が必要だが、再生業者はまったく提出していない。Lexmark提出の流通契約は本質的にメーカー・ディストリビューター間の垂直取引(rule of reason)である」。

 

Lexmarkの申立について

 

「シャーマン法2条は『独占力』が要件(Kodakのシェアは同社製品のサービス市場で80-95%)。再生業者は、@Lexmarkが、互換再生カートリッジの75%、互換純正カートリッジの80%シェアを持っていること、A自社再生カートリッジを高値で売っていたこと、Bプリンターのライフサイクル・コストの見積りが不可能なこと・・の3証拠を提出している。したがって、本法廷は、Lexmarkが独占力を持っていなかったことを、このsummary judgment段階で認定することができない」。  

Kodak基準における「方針の変更」要件は第6巡回区のローカル・ルールだが、再生業者としては、ほかの巡回区でも、念のため、非プリベート製品がほとんど販売されていないという事実を確かめておいたほうがいい。  

Lexmarkとユーザーのあいだに流通業者が介在する業販の場合、プリベート製品と非プリベート製品の価格差別には、再販価格拘束がともなうはずである。再販価格を拘束していないとすれば、不実表示になるはずである[29]



[1] 技術と競争ワークショップ代表。もと公正取引委員会委員、日本大学法科大学院教授。

[2] Mallinckrodt, Inc. v. Medipart, Inc., 976 F.2d 700 (Fed. Cir. 1992)(以下「Mallinckrodt巡回判」).原告Mallinckrodtは薬品吸入装置の特許権者。装置には「Single Use Only」の表示がある。ユーザーの病院はこの表示に従わず、使用ずみの装置を被告Medipartに滅菌させ、再使用した。原告が被告を特許侵害と同誘引で訴えた事件で、地裁は、被告の行為が特許装置の再生産ではなくて修理だという理由で、被告有利のsummary judgmentを言い渡したが、巡回裁はこれを破棄差戻した。この判決は、権利者の一方的な表示によってその後の権利消尽(取引保護のための強行法規)を遮断したとして批判されていたが、Quanta最判(注3)で修正された。

[3] Quanta Computer, Inc. v. LG Electronics, Inc., 128 S. Ct. 2109, 553 U.S. 617, 170 L. Ed. 2d 996 (2008) ; 2008 U.S. LEXIS 4702(以下「Quanta最判」.詳細は4.6参照。

[4] 初提訴から現在まで8年以上が経過し、その間、別訴や反訴、それにsummary judgment(注13)もあって、判決は多数にのぼる。訴えは2件あり、@は著作権侵害事件で、253 F. Supp. 2d 943; 2003 U.S. Dist. LEXIS 3734 (E. D. Ky., February 27, 2003)387 F.3d 522; 2004 U.S. App. LEXIS 22250 (6th Cir. Ky., October 26, 2004)、Aは特許権侵害事件で、487 F. Supp. 2d 830; 2007 U.S. Dist. LEXIS 31445 (E. D. Ky., April 24, 2007)487 F. Supp. 2d 861; 2007 U.S. Dist. LEXIS 32489 (E. D. Ky., May 2, 2007)487 F. Supp. 2d 891; 2007 U.S. Dist. LEXIS 34224 (E. D. Ky., May 4, 2007)502 F. Supp. 2d 568 ; 2007 U.S. Dist. LEXIS 37749 (E. D. Ky., May 18,2007)615 F. Supp. 2d 575; 2009 U.S. Dist. LEXIS 29479 (E. D. Ky., March 31, 2009)である(太字が終局判決)。

[5] 「プリベートPrebate」とは、前払いリベートを意味するLexmarkの造語らしい。プログラムの名称は、訴訟の途中で「Lexmarkリターン・プログラム」と変わってきているが、本稿では「プリベート・プログラム」で通すことにする。また、シュリンクラップ表示の文言も変わってきているが、本筋は変わっていない。

[6] もとIBMのプリンター部門で1991年独立。全米シェア10-15%HP50-75%)。ユーザー忠誠度はプリベート・プログラム開始(1997年)以前60%程度だったのが、開始以後90%に上昇した。Lexmark自身が再生したカートリッジの価格は$41で、再生業者のものより$10高い。

[7] Digital Millenium Copyright Act.

[8] 253 F. Supp. 2d 943; 2003 U.S. Dist. LEXIS 3734 (E. D. Ky., February 27, 2003)

[9] 387 F.3d 522; 2004 U.S. App. LEXIS 22250 (6th Cir. Ky., October 26, 2004)

[10] 2005 U.S. Dist. LEXIS 42509 (E.D. Ky., Aug. 10, 2005)

[11] たとえばMorton Salt Co. v. G. S. Suppiger Co., 315 U.S. 488 (1942))。2006 U.S. Dist. LEXIS 40612 (E. D. Ky., June 15, 2006)

[12] 2007 U.S. Dist. LEXIS 5398 (E. D. Ky., January 25, 2007)

[13] Federal Rules of Civil Procedure 56(a):「原被告いずれも、請求原因の全部または一部について、トライアルを待たずにsummary judgmentを求めることができる。このためには、まず、申立人が『重要な事実に関する真の争点』の不存在を疎明することが必要」。申立人の疎明責任レベルはきわめて高く、法廷は被申立人に最も有利な推定をおこなう。

[14] 487 F. Supp. 2d 830; 2007 U.S. Dist. LEXIS 31445 (E. D. Ky., April 24, 2007)

[15] Id

[16] LG Electronics, Inc. v. Bizcom Electronics, Inc, 453 F.3d 1364, 1369-70 (Fed. Cir. 2006)

[17] Arizona Cartridge Remanufacturers Association v. Lexmark International, 421 F.3d 981; 2005 U.S. App. LEXIS 18753 (9th Cir., August 30, 2005). これはまさにLexmarkのプリベート・プログラムにかかわる事件で、再生業者の団体ACRAが、同プログラムがカリフォルニア事業職業コード17200/17500違反の詐欺的かつ不公正な事業行為にあたるとしてLexmarkを訴えたものであるが、地裁は、Mallinkrodt巡回判を援用して、販売後の使用制限を有効と判断、Lexmark有利のsummary judgmentを言い渡し、巡回裁がこれを容認した。

[18] 615 F. Supp. 2d 575; 2009 U.S. Dist. LEXIS 29479 (E. D. Ky., March 31, 2009)

[19] General Talking Pictures Corp. v. Western Electric Co., 304 U. S. 175 (1938).特許ライセンス契約で、特許アンプの営利ユーザー向け販売が禁止されていた。特許製品の販売制限と、販売後の使用制限とを区別し、前者の場合は権限ある販売ではないから、特許消尽が起こらない。

[20] B. Braun Medical v. Abbott Laboratories, 124 F. 3d 1419 (Fed. Cir. 1997).

[21] LG Electronics, Inc., v. Hitachi, Ltd., WL667232 (N. D. Cal. March 13, 2009)

[22] 487 F. Supp. 2d 861; 2007 U.S. Dist. LEXIS 32489 (E. D. Ky., May 2, 2007)

[23] 本稿では、「 」や『 』を多用しているが、かならずしも字句どおりの引用ではなく、要約や要旨の場合もある。

[24] 2006 U.S. Dist. LEXIS 73845 (E. D. Ky., September 28, 2006)

[25] 申立人の疎明責任がきわめて高いので(注13)、再生業者がこの段階でsummary judgmentを選択したのは作戦上の失敗だったとおもわれる。この直後、再生業者はLexmarkと和解して戦線から離脱した。

[26] Illinois Tool Works, Inc., et al v. Independent Ink, Inc., 2006 U.S. LEXIS 2024 (S.Ct., March 2006)

[27] Eastman Kodak v. Image Technical Services, 504 U.S. 451 (1992)コピー機等のメーカーで保守サービスもおこなっている被告Kodakは、保守サービス専門の原告ITSへの補修部品の販売を拒否、部品メーカーからの入手をさまたげた。原告は、被告がコピー機の販売(主たる商品)と保守サービス(従たる商品)を抱き合わせたとしてシャーマン法2条違反で提訴。地裁は被告有利のsummary judgmentを言い渡したが、最高裁が破棄差戻した。事実審で、被告は本件販売拒否が特許権の行使であることを主張したが、巡回裁は、Kodak互換補用品という「小さな市場」(コピー機本体でのKodakの市場シェアは10%程度)を画定し、結論的にはITSの請求を認めた。

[28] Kodak最判に対して、顧客をlock-inしたあとで部品の供給拒絶をした――いわば詐欺性のある「方針の変更」立証が必要と縮小解釈する学説があり、第6巡回裁はこれを採っている。

[29] 再生業者は、Lexmarkが、非プリベート・カートリッジ(プリベート・カートリッジより約$5高い)を実際には売っていないとして、不実表示を違法とするラナム(Lanham)法43(a)違反を認めるsummary judgmentを申し立て、法廷がこれを棄却しているが、再生業者の狙いはつぎのようのものであった。つまり、Lexmarkが、販売店やOEMに対して、プリベートと非プリベート・カートリッジの価格差販売を強制しているのであれば、反トラスト法違反の再販価格拘束になるし、拘束していないとすればラナム法違反になったはずである。