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本間忠良 衝撃の新刊 知的財産権と独占禁止法−−反独占の思想と戦略

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経済法あてはめ演習60選(日本語)Antimonopoly Act  Exercise 60 Cases

情報革命についてのエッセイとゴシップ(日本語) Essays and News on Information Revolution

論文とエッセイ(日本語)Theses and Essays

 

米国におけるソフトウエア著作権判例の変遷

システム監査学会会報1993年10月(更新06-2-5)

本間忠良

目次

序論: 知的財産(権)の体系

1.はじめに

2.第1世代−−デッド・コピー

3.第2世代−−ルック・アンド・フィール

4.第3世代−−ユーザ・インタフェース

5.ロックアウトとリバース・エンジニアリング

6.まとめ

サマリー:80年代に始まる米国の知的財産権保護強化傾向は、単なるレーガン政権の産業競争力回復政策というよりはもっと根が深く、実は、いわゆる情報化社会への突入を目前にした米国社会全体の再適応行動の一環だったのである。1970年代後半、ゲーム・ソフトの著作権判決で種がまかれた米国のソフトウエア著作権判例は、1980年、著作権法改正の慈雨を受けて一気に成長を開始し、1983年アップル対フランクリン判決でひとつの頂点を迎えた。これ以後、デッドコピーではないが、機能が同一であるようなプログラムをどうするかという難問に突き当たった米国法廷は、まず、ロジック設計、流れ図などが実質的類似であれば、著作権侵害が推定されるといういわゆるルック・アンド・フィール判決の方向に大きく傾斜していった。しかるに、著作権やトレード・シークレットの美名に隠れた先発投資者による市場独占企図(ロックイン)の弊害が次第にあきらかにされるにつれ、判例の方向は反転し、1992年の任天堂、セガ両判決で、リバース・エンジニアリングを可能にする方向に向かって大きな一歩を踏み出した。ルック・アンド ・フィール判決が生み出した混乱状態も、1992年のCA対アルタイ、アップル対マイクロソフト両判決によって、収束の方向が見え始めている。

序論: 知的財産(権)の体系

 知的財産(権)についての体系的認識は、1982年を境に大きく変わった。13年にわたって争われていた米国司法省対IBM、AT&T両事件が、前者は訴え取下げ、後者は企業分割ということで決着、知的財産事件専門の連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)が創設され、3年後いわゆる「ヤング報告書」を答申することになる大統領委員会「競争力委員会」が設置された。1982年を知的財産元年といってもいい。

 1982年以前の伝統的分類によれば、知的財産(権)は、工業所有権と著作権に大別され、工業所有権はさらに特許権、実用新案権、商標権、意匠権に細別され、そのほかに誤認混同などが不正競争とされて、それぞれ通産省特許庁、文部省文化庁、通産省によって執行される。工業所有権は役所の審査・登録によって発効する方式主義なのに対して、著作権は創作と同時に発効する無方式主義であり、また工業所有権はパリ条約、著作権はベルヌ条約という国際的基盤の違いもあり、さらに工業所有各権は法体系的にもよく似ている(特許法からの準用が多い)という点からも、この分類はそれなりの合理性があるのだが、体系として閉鎖的(あたらしい知的財産現象を取りこむのが困難)で、役所の縄張りにもとらわれやすく、次第に使いにくくなってきていたことは否定できない。

1982年まで

大分類 中分類 小分類 法律 保護の要件 条約

無体財産権

工業所有権

特許権

特許法 登録(方式主義) パリ条約

 

 

実用新案権

実用新案法

 

 

商標権

商標法

 

 

意匠権

意匠法

 

不正競争(注)

  不正競争防止法 無方式主義

 

著作権

  著作権法 ベルヌ条約

                         注:これは財産権ではないが比較のためここに入れた。

 1983年以後、知的財産の種類がどんどん増えつつある(思想・情報の私的囲い込み?)が、その傾向を反映して、知的財産(権)についてのより機能的・開放的な分類が提案されている。条約もWTO(世界貿易機関)TRIPS協定、いろいろなFTA(自由貿易協定)、国連WIPO(世界知的所有権機関)系諸条約などなど発散傾向にある。

1983年以後

大分類 中分類 小分類 法律
知的財産 創作/発明を保護する権利 特許権 特許法
    実用新案権 実用新案法
    意匠権 意匠法
    著作権 著作権法
    ICマスク 半導体集積回路配置保護法
  営業標識を保護する権利/利益 商標権 商標法
    商号 商法
    ワイン類地理的表示 不正競争防止法第12条第1項第1号
    周知表示混同惹起 不正競争防止法第2条第1項第1号
    著名表示 不正競争防止法第2条第1項第2号
    原産地・内容等誤認 不正競争防止法第2条第1項第13号
    ドメイン名 不正競争防止法第2条第1項第12号
  不正競争から保護される利益  商品形態 不正競争防止法第2条第1項第3号
    営業秘密 不正競争防止法第2条第1項第4-9号
    技術的制限手段(DRM) 不正競争防止法第2条第1項第10-11号
    信用毀損 不正競争防止法第2条第1項第14号

 ここで、intellectual property rightsの訳として知的所有権と知的財産権のどちらがいいか考えてみよう。「知的財産」とそれに対する物権である「知的財産権」とを使い分けることができる(「所有」ではこうはいかない)という点で「財産」のほうがあきらかに便利だが、日本では1899年パリ条約加盟のとき、industrial property rightsを工業「所有」権と訳すボタンのかけ違いをやって以来動きがとれなくなって、1976年の国連World Intellectual Property Organization条約公布のときも「世界知的「所有」権機関」と訳さざるをえなかった。だから現在でも知的「所有」権のほうが正式で、特許庁はいまだに「所有」権を使っている(本省の経済産業省は「財産」派)。

1.はじめに

 本稿は、米国におけるコンピューター・プログラムについての著作権判決の推移を時系列で追って、現在なにが法であるかをできるだけ正確に突き止めようとするものである。

 ほかの知的財産権とくらべた場合、著作権の特徴と問題点はおおむね次のようなものである。

 1.創作性:創作性は必要だが、特許権でいう発明性ほどのレベルは要求されない。といっても、創作性の欠如で原告が敗訴している例もある(後述Feist判決)。

 2.無方式主義:いわゆる無方式主義で、登録は不要である。もっとも、米国ベルヌ条約加盟(1988年)以前の著作物は方式主義で、著作権表示(@マーク、創作年、創作者名)をつけないで5年以上販売していたものは著作権が失効している可能性がある(現存するほとんどのサブルーティンがこの理由でパブリック・ドメインに属するものと思われる)。

 3.専有権:著作権を権利の束として考えると分かりやすい。大きくは人格権と財産権の束に分かれる(譲渡不可能な人格権についてはここでは触れない)。財産権は売買やライセンスの対象になるもので、プログラムと関係があるのは、複製権、翻案権、公衆送信(可能化)権、貸与権、譲渡権などである。要するに、権利者の許諾がないと、複製、翻案、公衆送信(のためのアップロード)、貸与、譲渡などができないという意味である。

 4.著作物の種類:著作物の種類は例示であって、限定的ではない。つまり、プログラムが文芸著作物に取りこまれたように、今後出現するかもしれない様々の形態のソフトウエアが、その時点で著作権にとりこまれることになるのである。

 5.公正使用:権利者に無断で複製しても良い場合、つまり米国では「公正使用(fair use)」、日本では「家庭内複製」の範囲が、次第に狭められつつある。たとえば、(1)ディジタル複製機器や媒体に対する課徴金、(2)複製抑圧装置の機器組込みが最近各国で法制化されつつある。

 6.プログラムの定義:コンピュータ・プログラムの著作権保護は、良かれ悪しかれ、いまや世界の趨勢と言っても良い。米国著作権法101条(17USC§101):A ‘computer program' is a set of statements or instructions to be used directly or indirectly in a computer in order to bring about a certain result. この定義は当たり前のように見えるが、グラフィック・ユーザ・インタフェース(メニュー画面)がこの定義に入らないだろうか(後述)。

 7.アイデア不保護:米国著作権法102条(b)(17USC §102(b)): In no case does copyright protection for an original work of authorship extend to any idea, procedure, process, system, method of operation, concept, principle, or discovery, regardless of the form in which it is described, explained, illustrated,or embodied in such work. これは著作権によるアイデア不保護を宣言しているだけでなく、アイデアがその表現と不可分な場合、その表現も保護しないといういわゆるアイデア表現不可分の抗弁を可能にした条文である。

 8.侵害の推定:無断複製は著作権侵害だが、複製行為の現場を捕らえることは難しい。そのため、判例法は、(1)アクセスと(2)実質的類似さえ立証されたら、著作権侵害を推定するという便法を発達させてきた。Nimmer on Copyright, p.13-9:「アクセスと実質的類似性が立証されたら複製行為が推定される」。Sid & Marty Krofft Television Products, Inc. v. McDonald's Corp., 562 F.2d 1157 (9th Cir. 1977):「セッティングとキャラクタの類似性および『全般的概念と感じ』の類似性があれば、事象の順序が違っても侵害が認定される」。アクセスによる侵害の推定を破るために、クリーン・ルームによる開発方法が発達してきたのである。

 米国でコンピュータ・プログラム保護が初めて明文化された1980年以降、ソフトウエア著作権の判例は、三つの世代に分けて考えることができる。第1世代はデッド・コピー・ケース、第2世代はルック・アンド・フィール・ケース、第3世代はユーザ・インタフェース・ケースとそれぞれ呼ぶことができよう。

 しかし、これら三つの世代の判例を通して観察される問題の核心は、知的財産権を利用したロックイン商法によって市場参入障壁を維持しようとする先発企業と、なんとかロックイン市場に割り込もうとする後発企業の凄絶な戦いである。

 裁判所に対して勧善懲悪の大きな権限を与えている米国で、また、理論自体が大きく揺れ動いているいま、判例を無理に抽象化して原則を取り出すのは危険である。私たちにとっては、自分がやろうとしていることと類似のケースを探して、その理論と結果をあてはめて判断するというケース・スタディの方法が正しい。このような考えから、以下に、代表的な判例の要約を示す。

2.第1世代−−デッド・コピー

Apple Computer, v. Franklin Computer., 545 F.Supp. 812 (E.D.Pa. 1982)/714 F. 2d. 1240 (3d. Cir., 1983):

 被告フランクリン社は、原告アップルが創作したパソコン(Apple II)用オペレーティング・システム・プログラム(OS)(ROMとフロッピー、いずれもオブジェクト形態)を、原告に無断でコピーした。アップルは仮差止めを請求。一方、被告は、コピーした事実は否定せず、同プログラムの著作物性を否認して法律論争を挑んだ。地裁は原告請求を却下。理由の大要を下記する:

 (1)表現の目的は情報の伝達である。しかるに、オブジェクト・コードは機械の電気的パルスの変形であって、人に対する情報伝達を目的としないから、本案で、著作物性なしと判決される可能性がある。(2)ROMは文芸著作物(literay work)というよりも実用的三次元物体、たとえば「橋」のようなものだ。したがって本案で著作権保護なしと判決される可能性がある。(3)OSは機械の必須の一部、たとえばカムと同じ機能を果たす。したがって、アイデアであり、特許権ならともかく、著作権の対象ではない可能性がある。

 第3巡回裁は地裁判決を差戻した。理由の大要を下記する:

 (1)著作権法§102(a)によれば、同法保護の対象たる「表現」は、機械の助けをかりてでも人に伝達されればいい。したがって、オブジェクト・コードには著作物性がある。(2)上の結論は、記録の媒体が ROMであろうとフロッピーであろうと変らない。いずれも、著作物が媒体に「固定」されているという条件(§101)を満たす。(3)地裁はOSが§102(b)のプロセスまたは方法に当ると判断したが、巡回裁はOSとアプリケーション・プログラムのあいだに本質的な区別はないと考える:どちらもコンピュータに対する指令に他ならないのだ。また、アップル互換OSが一通りしか書けないというわけでもないので、アイデア表現不可分の抗弁も通用しない。上告は棄却。

3.第2世代−−ルック・アンド・フィール

Synercom Technology v. University Computer, 462 F.Supp.1003 (N.D. Tex.1978):

 原告シナコム社は構造解析用プログラムSTRAN を開発、専用インプット・フォーマット・カードで顧客を教育、顧客は自分のデータをカード・デックの形で保有していた。被告ユニバーシテイ社は同様機能のプログラム SACS-・を開発、シナコム顧客のリプレースを意図して、フォーマット変換プログラムで、 STRANフォーマットを SACS-・フォーマットに変換していた。変換プログラムは、シナコムのフォーマット・カードやマニュアルから、フォーマットそのものを抽出して作成されていた。

 法廷がとくに重視したのは、本件のアイデアと表現が可分かどうかである。法廷はここで有名な質問を発した:「もしシークェンシングやオーダリングが表現だとすると、どこにアイデアがあるのか?」。法廷は審理の結果これらがアイデアであると認定した。従って本件フォーマットは、アイデア表現不可分原則によって著作権保護を受けない。

Whelan Associates v. Jaslow Dental Laboratory, 727F. 2d 1222(3d Cir.1986):

 歯科機材店主のジャスロウが、プログラマのウエラン女史に委託して作らせた(所有権はウエランが留保)歯科機材店管理用ソフトDentalabは中形機用の言語EDLで書かれていた。ジャスロウはこれと同一機能のプログラムをパソコン用のBASICで作成、Dentcom と名付けて外販。ウエランはジャスロウを著作権侵害で提訴。アクセスと実質的類似性による侵害の推定(被告は独自開発を立証できず)がキメ手となって、地裁高裁とも両プログラム間に実質的類似性ありと判決。理由の大要を下記する:

 「まず事実認識として、プログラム開発過程で最大の費用と労力がかかるのは、コーディング段階よりもプログラムのストラクチャとロジック開発の段階である(『額に汗』テスト−−後述)。また、プログラムの効率を決定する大きな要因はモジュール/サブルーチンの配列である。この事実認識から次の判断がみちびかれる」。「プログラムのファイル・ストラクチャとスクリーン・アウトプットの大部分がほとんど同一であり、かつ両プログラムの最も重要な5個のサブルーチンがほとんど同一の機能をはたすという事実は、両プログラムの実質的類似を示す十分な推定証拠である」。

 高裁は、一般論として、「コンピュータ・プログラムの著作権保護は、プログラムのliteraryなコードを超えて、そのストラクチャ、シークェンス、オーガニゼーション(SSO)まで及ぶ」と結論。上告は棄却。

Plains Cotton Cooperative Assn. of Lubbock, v. Goodpasture Computer Service,et.al.,807 F.2d. 1256 (5th Cir. 1987):

 原告の綿業組合プレインズは、組合員に対して、綿花の価格、生産量に関する情報と経理サービスをオンラインで提供するためのコンピュータ・システムTelcotを開発した。本部のプログラマ、ゴッドラヴ等は守秘契約にサインしていなかった。

 後年、ゴッドラヴ等はプレインズを退職、訴外会社経由被告グッドパスチャ社に入社。この時、彼等は、訴外会社の雇用下で、Telcotのパソコン版開発中に作成したデザイン・スペックを持出していた。

 グッドパスチャはパソコン・ソフトウエアGEMSを発売。GEMSの機能スペック、プログラム、ドキュメンテーションは、Telcotときわめて類似している。プレインズはグッドパスチャおよびゴッドラヴ等を告訴、著作権とトレード・シークレット侵害にもとずく損害賠償の本請求のほか、仮差止めを請求。

 原告は、被告による「直接コピー」ではなく、「オーガニゼションのコピー」=「ソフトウエアのデザイン・スペック中に一般的にアウトラインされた、ソフトウエア・システムのオーガニゼーショナル・ストラクチャのコピー」を主張、さらに、「被告が自分の記憶のみにもとづいて新しいプログラムを作ったとしても、法律的には複製行為が成立する」と主張したが、地裁は、シナコム判決を引用して、「両プログラムの類似性は、原告の著作権によって保護されるレベルを超えたところに存在する」として、原告の仮差止め請求を却下した。地裁は、ソフトウエアの著作権保護の強さを、順に、「(1)プログラム・コード、(2)インプット・フォーマット、(3)機能デザイン」と認識したのである。原告控訴。

 第5巡回裁は、「判例法としてウエラン判決を使うべきだ」という原告の主張をしりぞけ、次の二つの理由をあげた:「(1)本件は仮差止め判決なので、本案判決となったウエランほどには審理が進んでいない。(2)両プログラム間の類似性の多くが綿花市場の外形要因(externalities) によって強制されたという被告側立証がかなり有力である」。また、トレード・シークレットについて、法廷は、「本件トレード・シークレット侵害は特定ソフトウエアのコピーという行為を通じてしか生じないので、コピー行為が立証できない本段階ではトレード・シークレットの侵害も立証できない」と判断、地裁判決を支持した。

Feist Publications, Inc. v. Rural Telephone Service Co., Inc, 499 U.S. 340 (1991)

 これは直接にはルック・アンド・フィール事件ではないが、知的財産権(とくに著作権)をなぜ保護するかという根本問題についての米国最高裁の思想がはっきりしているので、やや詳しく述べる。

 ルーラルはカンサス州北部で地域独占を与えられた電話会社で、担当地域のホワイト・ページ(州法で義務づけられている)とイエロー・ページ(広告つき)を無償配布している。ファイストは広域(11地域をカバー)電話帳を無償配布している(収入はイエロー・ページの広告料)。ファイストは各電話会社からホワイト・ページ使用ライセンス(有償)を取得していたが、ルーラルのみライセンスを拒絶。ファイストはルーラルのホワイト・ページを無許可で使用(独自調査により住所を追加するも、主要部分は複製−−コピーマーク(架空番号)あり)。地裁は「電話帳が著作物であることは判例原則」としてルーラル勝訴の略式判決をくだし、第10巡回裁も同じ理由でこれを容認。

 事実には著作物性がないが、事実の編集物には著作物性がある。著作権の中核はoriginality(著作者によって独立にクリエートされたこと)であり、したがって、すくなくとも一定のcreativityが著作物の要件である。このことは、憲法1条8項の文言から導かれる。そこでのキーワードは "authors""writings"だが、いずれも一定の程度のoriginalityを 前提する。「originalityは独立のcreationと少量のcreativityを要件とする」The Trade-Mark Cases, 100 U.S. 82 (1879)。事実はその起源を著作行為に負っていない。 

 編集物は、事実の選択と配列においてoriginalityがあれば著作権保護を受ける。ただし、それは著作者にとってoriginalである部分にかぎられる。したがって、事実編集物の著作権は薄いものである。

 一方、The Trade-Mark Cases判決は「保護されるwritingsは知的労働の果実である」とも言っており、たしかに、編集者の労働の果実が報奨なしに他人に使われることには不公正感がありうる。これらがいわゆるsweat of the brow(額に汗)判決群の感情的な基盤になっている。しかし、これは「制定法の目的が予想しなかった副産物」Harper & Row Publishers, Inc. v. National Enterprises, 471 U.S. 539 (1985)(dissenting opinion)である。著作権の主たる目的は著作者の労働に対する報奨ではなく、「科学や有用技芸の発達を促進する」ことである。著作権は著作者に対して彼らのオリジナルな表現に対する権利を確保するが、その作品によって伝達されるアイデアおよび情報を他人が利用することをもencourageしてるのである。「科学や有用技芸の本を出版する目的は、それに含まれる有用な知識を世界にコミュニケートすることにある」Baker v. Selden, 101. U.S. 99 (1880) 

 この問題について従来多くの下級裁が誤りをおかし、より悪いことには、事実編集物の保護を正当化するため、あたらしい理論を発達させてきた。それがいわゆるsweat of the brow(額に汗)理論であるJeweller's Circular Publishing Co. v. Keystone Publishinb Co., 281 F. 83 (2nd Cir. 1922)。この理論は著作権法の最も根源的な原則−−だれも事実やアイデアを著作権として専有することができない−−に反する。これらの逸脱を引き戻すため、1976年改正は、1909年法の「all the wrtings of an author」を「original works of authorship」に変えたのである。 

 ルーラルの電話帳そのものは、前書きもあるし、イエロー・ページ広告のoriginalな表現も多く、全体として著作権保護を受ける。しかし、ファイストがコピーした氏名、町名、電話番号にはoriginalな要素はない。ルーラルは事実の選択をしたわけでもない(州法上の義務)。「この文書を出版するための原告の勤勉と企業には大きな賞賛を惜しまないが、法はそれらをこのような方法で報奨することを予定していない」Baker v. Selden at 105。控訴裁判決を破棄する。

Computer Associates v. Altai, 982 F. 2d 693 (2d Cir. 1992):

 原告CA社製の IBM汎用機用ジョブ・スケジューリング・プログラム CA-SCHEDULERには、これを IBMの3種のOSに適応させるインタフェース・プログラムADAPTERが組み込まれていた。被告アルタイ社は、 IBM VSE対応のジョブ・スケジューリング・プログラム ZEKEを販売していたが、これをさらに IBM MVSに適応させるために、インタフェース・プログラム OSCAR 3.4を発売したが、これは、実は、CA社からの転職技術者が、CA社の ADAPTERの約30%をコピーして製作したものだった。これを知ったアルタイ社は、新しいチームによって OSCAR 3.5を独自開発したが、CA社は、 OSCAR3.5も、(1)CA社 ADAPTERのモジュール組織、流れ図、パラメータ・リスト、マクロなどを複製しており、かつ、(2)CA社のTS盗用であると主張。ニューヨーク東部地裁ではアルタイ社勝訴。

 第2巡回裁は、第3巡回裁のウエラン判決(前述)をしりぞけて、次のように言う:「ベーカ対セルドン判決(1879)の原点に戻って、アイデアに必然的に付随する(incident to)表現までは不保護とすべきだ」。「アイデアと表現の分離には、次の3つのフィルターを使う:(1)能率との不可分性(アイデアに必然的に付随する能率の考慮が、産業財であるプログラムではとくに重要)、(2)外部要因による強制、(3)パブリック・ドメイン」。「ウエラン判決の『額に汗』テストは、1991年のファイスト対ルーラル最高裁判決(ホワイト・ページ電話帳の創作性を認めなかった)で否定されている」。

4.第3世代−−ユーザ・インタフェース

Broderbund Software, Inc./Pixellite Software v. Unison World, Inc. 648 F. Supp. 1127 (N.D.Ca., Oct. 8, 1986):

 原告ブローダバンドはアップル・パソコンのドット・プリンタでグリーティング・カードを作るメニュー駆動プログラムPrint Shop を販売していたが、被告ユニゾンにこれの IBM機用バージョンを独力で開発、Printmaster と名づけて発売した。ブローダバンドはユニゾンを Print Shop のスクリーン・ディスプレイ上に存在するaudiovisual(音声映像)著作権侵害などで加州北部連邦地裁に告訴して勝訴。

 被告は原告のソース・コードにはアクセスしていず、本訴訟ではプログラム著作権は問題になっていない。Print Shop のメニュー・スクリーンは美麗なもので、法廷はPrint-masterのメニュー・スクリーンが Print Shop と実質的類似だと認定した。

 被告側はシナコム判決を援用、原告のメニュー・スクリーン、インプット・フォーマット、スクリーン・シークエンスは、その底にあるアイデアと不可分であり、また同じ機能を出すためにはユーザ・インタフェースが同じにならざるを得ないから、いずれにしても著作権侵害にならないと主張。

 これに対して原告はウエラン判決を援用、Print Shop プログラムのアイデアとは「メニュー駆動プログラムでグリーティング・カードを作る」ということに他ならず、このアイデアの表現はいくらでもある、従ってかかる表現(メニュー・スクリーンなど)は著作権保護を受けると主張、法廷は原告主張を支持した。

Digital Communications Associates v. SoftKlone Distributing Corporation, Civ.86-128-A (N.D.Ga. March 31,1987):

 原告マイクロスタッフはデータ・コミュニケーション・システムCROSSTALKを開発、大きな成功をおさめていた。成功の原因は、ひとつには、 CROSSTALKのユニークなステイタス・スクリーンにあった。ステイタス・スクリーンとは、プログラムのオペレーションを制御するセッティングの現況を表示するスクリーンのことで、CROSSTALKの場合は、スクリーンの上半分を占めるパラメータ/コマンド文それぞれ最初の2文字が大文字でハイライトされ、下半分はウィンドウになっていて、ここにはユーザが必要とするほとんどあらゆるテキスト( CROSSTALKコマンド名のリスト含む)を表示できた。最下行はコマンド行で、ユーザはコマンド名のはじめの2文字を打ちこめばいいようになっていた。プログラムはプログラム、ディスプレイは編集著作物として登録。

 被告ソフトクローンは、CROSSTALKのどのような部分が著作権保護を受けるか、弁護士鑑定をもとめた。鑑定書は、(1)プログラム、(2)あきらかに文章を構成する(textual)スクリーン・ディスプレイ、(3)ユーザ・マニュアルは著作権保護に該当し、(4)ステイタス・スクリーンは該当しないと回答している。これに従って、被告はMIRRORプログラムを開発、これは CROSSTALKと同一のステイタス・スクリーンおよびコマンド名を持っていたばかりでなく、いくつかの点で機能がアップしていた。マイクロスタッフは、「MIRRORは、 CROSSTALKの『全体的な外見と感じ』、とくにステイタス・スクリーンとコマンド名をコピーしているので、(1) CROSSTALKの『プログラム』の著作権および(2)ステイタス・スクリーン単独の著作権を侵害している」として提訴。

 法廷は、まず、原告主張の「プログラムの著作権がスクリーン・イメジに及ぶ」の正否について判断、これに関連して、先例のウエラン判決が一般に誤って解釈されている(とくにブローダバンド判決で)ことを指摘、「ウエラン判決はそんなことを言っているのではなくて、スクリーン・ディスプレイの複製が、プログラム複製の推定証拠になると言っているだけなのだ」として、上の原告主張をしりぞけた。

 スクリーン単独の著作権について、法廷は、まず、被告のアイデア表現不可分主張を否認:「(1)プログラムのステイタスを表示するスクリーンの使用、(2)コマンド駆動プログラムの使用、(3)コマンド起動のため最初の2文字打ちこみはアイデアに属する。しかし、(1)スクリーン上のパラメータ/コマンド名の配列、(2)最初の2文字の大文字ハイライト表示は表現だ(スタイル上の創造性があるから)」と判断。編集著作権侵害で被告敗訴。

Lotus Development v. Paperback International, 740 F.Supp. 37(D.C.Mass.,1990):

 本件は、有名なスプレッド・シートLotus 1-2-3と、同様機能のVPプラナの間の実質的類似性に関する判決である。法律問題に関する原告主張は大要次のとおり:

 1.プログラムに対する著作権保護は、文字による(literal) 表現と文字以外の手段によ  る表現(non-literal) とを問わず、ユーザ・インタフェースにおける表現をふくむす  べての創作的表現を化体するプログラム要素におよぶ。

 2.文字以外の手段による表現(non-literal) には、(1)プログラムの全般的組織、(2)プログラムのコマンド・システム、(3)スクリーン上の情報表示がふくまれる。

 法廷は、他の伝統的著作物(音楽、演劇、映画)では、とくに文字による(literal)ものでなくても、セッティング、キャラクタ、プロットの表現が実質的類似なら複製行為が推定されるという基本認識にもとづいて、被告の主張をすべて排し、原告主張を認めた。

Apple v. Microsoft/Hewlett Packard, 821 F. Supp. 616(N.D.Ca. 1993):

 1984年発売の原告パソコン、マキントッシュ好評の原因は、その「ユーザ・フレンドリー」なグラフィック・ユーザ・インタフェース(GUI)にあった。共同被告HPのNewWaveは、マイクロソフトのウインドウズ2.03で動くシステムである。アップルは、HPとマイクロソフトを著作権侵害などで告訴(のち、ウインドウズ 3.0も追加)。

 マイクロソフトは、大要次の通り主張:(1)マキントッシュ画面は機能作品であり創作性がない。(2)同画面はアイデアそのものの単純な化体である。(3)ウインドウズ2.03とマキントッシュ画面とは実質的類似でない。(4)1985年契約によってアップルGUIの永久ライセンスを取得している。

 アップルは、上記(1)〜(4)を全面的に否定、さらに大要次の通り主張:「 GUIの類似性は、 GUI個々の構成部分ごとではなく、 GUIの『全般的概念と感じ』について判断すべきだ」。

 1992年4月、判事は、略式判決(陪審排除)で、アップルの上記「」内の主張をしりぞけ、 GUI個々の構成部分ごとに審理をおこない、そのほとんどについて、(1)アイデア表現不可分/アイデア強制表現/創作性なし、(2)ライセンス対象という理由で、マイクロソフト/HPを勝たせた。

5.ロックアウトとリバース・エンジニアリング

In Re Data General Corp. Antitrust Litigation, 734 F.2d 1336 (9th Cir. 1984).

 被告データ・ジェネラルのミニコンNOVAは、NOVA CPUと専用オペレーティング・システム(OS)RDOSから構成され、このクラスのミニコンでは大きな市場占有率を占めていた。被告は、RDOSとNOVA CPUをバンドルして販売していたらしい。

 NOVAの買手は、大部分、いわゆる OEM業者である。これら OEM業者は、RDOSを動かす付加価値アプリケーション・プログラムを開発し、これをNOVAに付加価値して最終ユーザに販売するという業態であった。したがって、 OEM業者や最終ユーザのもとには、RDOSでしか動かないアプリケーション・プログラムの大量のモジュールが資産として蓄積されており、他社のシステムに転向しようとすれば、この資産を放棄せざるをえないという状況にあったらしい('lock-in')。

 かかる状況下で、原告デジダイン等は、NOVAの命令セットを実行できる独自のCPU(NOVAエミュレータ)を発売した。1978年、原告から被告に対して、反トラスト法違反のタイイン(抱合わせ)を訴因とする訴えが提起された。

 問題はタイイングの要件のひとつ「経済力」の有無である。これについて、地裁判事は、次のいずれかの場合、「経済力」の存在が推定されると説示した:(1)売手がタイイング製品市場で支配的地位を有する場合;(2)タイイング製品が特許または著作権の保護を受けている場合。陪審は、被告が、タイイング製品市場において十分な「経済力」を有していると評決、地裁判事は、この原告有利の陪審評決を否認し、公判のやりなおしを命じた(JNOV)。JNOVの理由の中には、著作権もトレード・シークレットも相対権であり、とくにプログラムのアイデアは著作権で保護されないから、法的参入障壁とはいえないという判断が入っている。

 高裁は地裁のJNOVをふたたびくつがえして、陪審評決を支持した。高裁は、知的財産権による法的参入障壁について、地裁の判断の誤りを大要次の通り指摘した:(1)「互換OSを開発しようとすれば、かならず被告の著作権とトレード・シークレットを侵害する」という被告自身の証言がある;(2)また、「製品上に特許などの独占権があれば、他から製品を入手できないこと自体、「経済力」を推定させる」との判例を最近の最高裁判決が確認している;(3)コンピュータ・ソフトウエア著作権保護の相対性についても最近の判例は懐疑的だ;(4)また、「タイインは競争戦略だ」という被告自身の証言もあり、被告が「経済力」を意識的に行使していたことがあきらかだ;(5)RDOSの著作権は、問題のタイインを当然違法とするに十分な「経済力」を推定させる。1985年7月、上告も棄却

Hubco Data Products v. Management Assistance, Civ.81-1295 (D.Idaho,1983).

 原告Management Assistance, Inc.(MAI)はBasic 4 なるOSをライセンスしていたが、このOSにはいくつかのガバナが仕掛けてあり、 MAIは顧客からもらうライセンス料金の段階によってこのガバナを取外すという独特のマーケティングを行っていた。

 被告ハブコは、はじめ、MAIの顧客のコンピュータからBasic 4のオブジェクト・コードをダンプ・プリントして分析、仕掛けられているガバナを取外し、コンピュータの性能をアップさせるというサービス(Nilsson-・メソッドと命名)をやっていたが、のち、これを高速で実現するプログラムを開発した。

 MAIは、トレード・シークレットおよび著作権侵害を理由として同プログラム使用の仮差止めを請求。法廷は下のような論理で MAIの請求を認めた:「一般的にはハブコが行った分析は(合法な)リバース・エンジニァリングであって、トレード・シークレットの盗用ではない」。「しかし、ハブコのNilsson-IIメソッドは MAIに無断でその顧客のコンピュータからBasic 4 のオブジェクト・コードをダンプ・プリントする工程を含むので、本訴で、著作権の一部である複製権の侵害と認定される可能性が大きい。また、後になってこれをプログラム化しても、そのプログラムがコンピュータの中で MAIのBasic 4 をランする(=複製行為?)からやはり本訴で著作権侵害と認定される可能性が大きい」。

ECコンピュータ・プログラム指令(発効:OJ L 122/91.5).

 コンピュータ・プログラム(その予備的設計資料も含む)は、文芸作品として著作権保護を受ける。著作権者はその複製権、改変権、頒布権(貸与権を除いて共同体内の最初の販売で消尽する)を専有する。プログラムの使用権者が、プログラムのアイデアや原理を抽出するために、その機能を観察、研究、試験すること(いわゆるblack box analysis)は許される。プログラム間の相互操作性(interoperability)を達成するために必須の逆コンパイルは許される。前2項の行為を禁じる契約は無効である。

Atari v. Nintendo, Civ. Nos. C-88-4805/89-0027/0824 FMS, (N.D.Ca. 1992).

 任天堂は、1986年以来、米国市場向け同社ファミコン中に、特殊な「ロックアウト・チップ」(原告命名)を組みこみ、これを解読できるキー・プログラム・チップを組みこんだ同社製ソフト・カートリッジでしか動かないようにしていた。

 1988年、アタリは、このロックアウト・チップをリバース・エンジニアリング(「RE」)しようとしたがうまく行かず、著作権局に寄託中のソース・コードを不実理由で入手、これの助けを借りて任天堂チップを解読、互換カートリッジの製造・販売を開始した。アタリは任天堂を反トラスト法違反で提訴(仮差止め却下)、任天堂はアタリを著作権侵害で逆提訴、仮差止めを取りつけた。アタリ控訴。

 1992年9月、連邦巡回裁(特許訴因もあったため)は、一般論として、「合法的に入手した著作物中に隠された情報を得るために strictly necessaryな複製は公正使用にあたる」としながら、(1)アタリの不公正なソース入手方法(unclean hand)および(2)実質的類似(リバース・エンジニアリング後クリーン・ルームを使っていない)を理由として、任天堂を勝たせた。

Sega Enterprises v. Accolade, 92 CDOS 8612 (9th Cir. 7.20.92).

 被告Accoladeは独立のソフトウエア・ハウスで、原告Segaのゲーム機Genesis-III用ソフト製作を企図してはじめSegaと交渉したが、Segaがソフトの権利買上げ方針に固執したため、ライセンス取得を断念、リバース・エンジニアリングに転じた。

 リバース・エンジニアリング手法としては、まず、Sega機用ソフト3本を購入、これを逆コンパイラ・システムにかけてソースをプリントし、次に、3本のソースを比較分析して共通コード(インタフェース仕様)を抽出、それをマニュアル化し、最後に、別な技術者グループにこのマニュアルを与えて互換ソフトを製作させるという形態である(クリーン・ルーム)。

 1992年4月、北部加州連邦地裁は、「リバース・エンジニアリングの過程で複製行為がおこなわれた」という原告Segaの主張を認め、著作権侵害で仮差止め命令を発した(前記 Hubco判決)が、被告Accoladeは、以下の4点を主張して控訴:1)アイデア抽出にともなう複製行為は、アイデア不保護原則(§102(b))によって非侵害。2)オブジェクトを人間が理解するには逆コンパイルが必要だから、アイデア・表現不可分によって非侵害。3)プログラム使用に伴う複製(§117)は非侵害。4)逆コンパイル・逆アセンブルは、それが、アイデアへのアクセスのための唯一の手段(no other means)であり、また合法的な目的のために行われる場合、「公正使用(§107)」によって非侵害。

 1992年10月、第9巡回裁は、被告Accolade主張のうち1)〜3)をはっきり否認しつつ、4)「公正使用」を政策的目的によって解釈、地裁の仮差止め命令を差戻した。

 実は、本件にはもうひとつ商標不実表示という訴因があった。Segaのソフト中にある20〜25 bitの暗号がSegaのゲーム機Genesis-IIIを動かすキーなのだが、これを実行すると同時に、「Segaライセンスにもとづき製作」という画面表示が出てしまう。第9巡回裁は、これについても、商標による保護を受けない機能そのものだとして、被告Accoladeを勝たせた。

Lexmark Int'l, Inc. v. Static Control Components, Inc., 387 F.3d 522 (6th Cir. 2004).

 地裁原告レックスマーク(LM)社のレーザー・プリンターにおいては、トナー・カートリッジに装着されたマイクロチップ中のトナー・ローディング・プログラムがトナーの残量値を記録、これをプリンター本体中のプリンター・エンジン・プログラムが読み取って規定値と比較、双方が合致しないとプリンターが停止する(したがって使用済みのカートリッジに他人がトナーを再充填してもプリンターが動かない)。

 地裁被告スタティック・コントロール・コンポーネント(SSC)社は、トナー・ローディング・プログラムをコピーしたマイクロチップを製造して、トナー詰替え業者に販売した。

 LM社はSSC社を著作権侵害とDMCA違反で提訴、地裁がLM社の仮差止請求を容認したが、巡回裁は、LM社のトナー・ローディング・プログラムを「ロックアウト・コード」と認定、互換妨害というアイデアと一体(idea-expression merger)であり、且つ機能によって強制される表現(scenes a faire)だから、LMは本案での成功の蓋然性を確立していないとして、地裁仮差止め命令を破棄した。 

6.まとめ

 判例から安易に一般原則を導くことは危険だが、あえてマクロな流れを辿ってみると、次のような観察が可能であろう。

 80年代に始まる米国の知的財産権保護強化傾向は、単なるレーガン政権の産業競争力回復政策というよりはもっと根が深く(米国は三権分立の元祖の国で、一介の大統領の政策に司法部が左右されるということは理論的にはあり得ない)、実は、いわゆる情報化社会への突入を目前にした米国社会全体の再適応行動の一環だったのである。

 1970年代後半、ゲーム・ソフトの著作権判決が登場、これを受けて、1980年、コンピュータ・プログラムの著作権保護が明文化され、1983年アップル対フランクリン判決で、OSも著作権保護の対象になることが明らかになった。この判決で、ゲーム・ソフトだろうとOSだろうと、デッドコピーは著作権侵害だという判例原則が確定した。

 問題は、デッドコピーではないが、機能的が同一であるようなプログラムがどうなるかである。機能は「アイデア」であって、それ自体は、著作権によって保護される「表現」ではない。しかし、伝統的な文芸作品と比べて、はるかに簡単な言語、シンタックス、セマンティックスから構成されるコンピュータ・プログラムでは、機能が同じであれば、表現もある程度は似てきてしまう宿命にあるため、問題は簡単ではない。

 1978年のシナコム対ユニバーシティ判決は、フォーマットやアーキテクチャが著作権保護を受けないアイデアに属することを宣言したのだが、1986年のウエラン対ジャスロウ判決は、シナコム判決を覆し、ロジック設計、流れ図などが同一であれば実質的類似、したがって、クリーン・ルーム方式でアクセスが否認されないかぎり、著作権侵害が推定されるとして、一連のルック・アンド・フィール判決を導き出した。

 ウエラン対ジャスロウ判決は、さらに、1986年ごろから出現したユーザ・インタフェース訴訟においても原告側によって援用され、メニューの構造が同一であれば著作権侵害といういくつかの判決を生み出した。

 もっとも、アイデアの著作権保護に限りなく接近しつつあるように見えた上の傾向にも実は当時から批判があり(プレインズ・コットン、ソフトクローン両判決)、むしろ、このような混乱を利用した先発投資者によるFUD (Fear, Uncertainty and Doubt)商法が、後発投資を牽制し、市場のロックイン状態を永続させた事実は否めない。ロックイン破りの有力な武器であるリバース・エンジニアリングにしても、1983年のハブコ判決が後発投資者を心理的に牽制し続けた。

 著作権やトレード・シークレットの美名に隠れた先発投資者による市場独占企図(ロックイン)の弊害は、すでに、1984年のデータ・ジェネラル判決によって明らかにされていたが、レーガン政権の反トラスト法緩和政策によって、長年黙認されていた。しかし、1990年代になって、これがコンピュータ・システム市場そのものの成長を阻害する要因であることが認識されてきた。

 1991年のECコンピュータ・プログラム指令は、数年がかりグローバルな論争の結果、厳密な条件下でリバース・エンジニアリングを肯定するものであり、また、1992年の任天堂、セガ両判決も、リバース・エンジニアリングを可能にする諸条件の確定に向かって大きな一歩を踏み出した。

 1980年代後半のルック・アンド・フィール判決やユーザ・インタフェース判決が生み出した混乱状態も、1992年のCA対アルタイ、アップル対マイクロソフト両判決によって、収束の方向が見え始めている。

 コンピュータ著作権問題は、法律論や技術論だけで解ける問題ではなくて、実は、先発投資者と後発投資者との間の自由競争ををいかに確保するかという産業組織問題だったのである。1980年代中頃、独占の方向に向かって大きく振れた判例の振り子は、90年代に入って競争促進の方向に向かって振れ戻りつつあるようである。