本間かおり作品集

 

長編

 

アルトワ伯爵夫人の晩餐会

 ハイブラウな読者向けのビジネス・サスペンス・フィクション。 

 謎の女を追跡する主人公とその秘書(第1部)。女の意外な過去と現在、そして愛と冒険(第2部)。やがてあきらかになる雄大な歴史的スキーム(第3部)。真の主役は戦う女たち。 

 第1部「クリスティナ」 戦後ずっと存在していた欧米日重電メーカーの国際カルテルが、戦闘的なブラジル企業ミランダの強引な参入で動揺している。ちょうどそのとき、送配電システム「グリッド」の基本特許が成立するが、特許権者シュミットが殺害され、その唯一の相続人クリスティナが、身を隠したまま、ミランダを特許権侵害で訴える。ミランダは、クリスティナ殺害を企図して刺客を放つ。 
 一方、こんな闇の世界とは無縁の日本人ビジネスマン山田とシュミットの秘書フリーダも、正常なビジネスとしての特許権ライセンスを求めてクリスティナを探す。 
 ついに姿をみせたクリスティナ。彼女を恋するドイツ人測量技師フリッツが、刺客の銃弾のまえにたちふさがる。すべてを目撃した山田とフリーダが真相に迫る。 

 第2部「ジョラニ」 カルテルは崩壊し、フリーダに撃たれて傷ついたアルトワ伯爵夫人ジョラニが故郷カンボジアに帰る。彼女は、25年前、独裁者ポル・ポト首相が創設した女子諜報員学校の出身者で、虐殺から逃れて密林に隠れ住む女たち(「コミューン」)のリーダーでもある。 
 カンボジア内戦中、女たちは、コミューンの生存を賭けて、内戦各派に潜入し、各派のあいだのバランス・オブ・パワーを10年にわたって維持した。女たちのひとりがポル・ポトの最期を見とどけた。 
 内戦が終わって平和が戻ったいま、女たちは、内戦中に遺棄された水力ダムをフリッツの指導で修復し、その電力を利用して、長年の夢である縫製工場の起業に着手するが、既成の縫製カルテルを仕切る華人マフィアの執拗な攻撃を受け、これと果敢に戦いながら、事業を軌道に乗せていく。 

 第3部「伯爵夫人」 伯爵夫人は、クリスティナから譲り受けた「グリッド」基本特許をもとにカルテルを再建する。このカルテルの目的が、単なる私利を超えたはるかに大きな歴史的スキームの一部であることが分かる。 
 それは、いままで700年続いた現代西欧文明が遠からず没落し、「第二の中世」が3,000年続くという予想のもとに、それによる文明の退歩を最小限にとどめるため、人類がこれまでに到達した科学文明を永久保存しようという――ヘレニズム末期に建設されたアレクサンドリア図書館の現代版ともいうべき――大事業である。 
 300年後、かすかな希望の曙光がみえる。 

 

ナパームとエリキシール

 ハイブラウな読者のためのポリティカル・ミステリー。真の主役は戦う女たち。  

 ナパーム・クラスター爆弾による謎の爆撃がアフリカ大陸を戦乱に投げこむ。この爆撃を交点として、愛と冒険(第1部)、エスピオナージと戦争(第2部)、謀略と革命(第3部)の物語が交錯する。第3回日経小説大賞最終候補作品。 

 第1部「リュリュの決闘」 舞台は失敗国家No.2といわれるコンゴ民主共和国。密林の少女リュリュは、15歳の「通過儀式」に便乗し、エイズ特効薬「エリキシール」を求めて5,000 kmの旅にでる。途中、コンゴ川を遡る巨大なバージ(はしけ)上で、日本人学生マキナと出会う。 
 ふたりの冒険、そして愛と別れ。ふたたびひとり旅になったリュリュは、コンゴ最高峰ルエンゾリ山で、襲ってきた黒豹を倒し、ついに魔女が栽培するエリキシールの薬草園に到達する。マキナとの再会のよろこびもつかの間、謎の爆発に巻き込がまれる。

 第2部「ジャンヌの戦争」 舞台は失敗国家No.1といわれるソマリア南部の海岸都市キスマヨ。南部軍閥の頭領ティグレ将軍がそこを支配する。 
 娼婦のジャンヌと戦闘機乗り傭兵ピエールの大人の愛。ジャンヌは、ピエールが引き受けた謎の爆撃の目的を知るため、依頼人をさかのぼって探索、ついにニューヨークで、闇のシンジケートをつきとめるが、時すでに遅く、ピエールは爆弾を抱いて発進する。 
 ジャンヌは、刺客に追われてふたたびキスマヨに逃げ込むが、そこは、すでに、政府軍による皆殺し作戦の重囲下にある。追い詰められたジャンヌが、必死の反撃で刺客を倒す。

 第3部「イーヴの革命」 舞台はふたたびコンゴ民主共和国。爆発から生還した魔女イーヴは、薬草園再開までのエイズ薬確保のため、独裁者ンゴマ大統領の恐怖政治に身を投じる。
 密林のエイズ施療所を巡るイーヴが開いてみせる生と死のドラマ。殺人集団「神の復讐軍」との対決。イーヴの助手チチが大統領親衛隊長エミールに捧げる報われない愛。 
 はじめてサハラ以南で開かれる世界貿易機関(WTO)閣僚会議とそれを取り囲む数万人のデモ。リュリュ、ジャンヌ、イーヴの再会。クーデタの気配を察知したンゴマ大統領の謀略は両刃のナイフだった。クーデタの逆手をとった革命が成功する。

 

ラインの蒲公英城と白い女

 人間の情念と絶望をスリリングに描く、ハイブラウな読者のためのサスペンス・フィクション。 
  
 第1部「ウルリケ」 舞台はベルリン。「自殺クラブ」につどう男女。シングル・マザーのマルレーネは料金不払いで電力を止められ、幼い娘たちを凍死させる。家出少女のクララは場末の公園で毎夜のようにレイプされている。最底辺の労働者エミールは心身ともに疲れ果てている。工業デザイナーのテオは都会の生存競争と疎外に押しつぶされている。老セールスマンのフリッツは前途に果てしない枯野をみている。自殺クラブの主催者カールはかつて西ドイツを震撼させた都市型テロリストの生き残りである。以上の全員と鋭い関与をもつウルリケは幼時の記憶を喪失している。 

 第2部「ザビーネ」 舞台は一変して、ライン川上流のボーデン湖畔にある都市国家エーレンブルク。ここは古来大公国だったが、20年前の革命で人民党独裁に変わり、その公安委員会「鉄槌組」が全権を握る。国際原子力機関から派遣された山田は、原子力発電所の安全システム監査のためエーレンブルク城に滞在する。山田と城の支配人ザビーネ(じつは故大公の遺児)との交情。城には近世初頭の魔女狩りで殺された女の幽霊「白い女」が出没する。山田は安全システム中の「コードX」を解明するため、設計者エリーザベトを探して渡米するが、彼女は鉄槌組の刺客に殺される。遺されたビデオ・テープが、革命の美名に隠れた大公妃ダフネの火刑を記録している。  

 第3部「ユリア」 ザビーネの姉ユリアは、エリーザベトのビデオ・テープをみて復讐を決意、原子炉の暴走を企図する。鉄槌組はそれを察知して待ち伏せるが、死場所を求めてベルリンからきた自殺クラブがその裏をかく。 

 

短編

 

ママ(第2回日経星新一賞優秀賞作品)

地球基地当局は、宇宙探査機を理詰めのフォン・ノイマン型コンピューターに任せて失敗した過去の経験にかんがみ、こんどは、すぐれた直観力を持つ15歳の少女「わたし」を指揮者に任命する。

物語は「わたし」の視点から一人称で語られる。「わたし」が、22光年の星間を亜光速飛行中に遭遇する数々の冒険、木星スイングバイや恒常核融合加速などなど。その間決して忘れることのないママへの思い。

 ベテルギウスの超新星爆発を契機にあきらかにされる「わたし」の本性。「わたし」は探査機の最終ミッションである異星への人類播種に着手し、ベテルギウス爆発で絶滅したかもしれない地球人の最後の希望を「わたし=ママ」に託す。

 

赤い靴(第4回日経星新一賞優秀賞作品)

少女は日常の立ち居振舞いまでがバレエのポーズになっているという天性のバレリーナだが、幼時の記憶を失っている。少女は靴屋から赤い靴とルビーのネックリング(首輪)をもらう。少女は意識下の使命感に駆られて、花咲く野のアルカディア、おとなの世界への入り口リヴィエラ、悦楽の都ヴェネチア、煉獄リンボー、そして地獄コキュートスと踊り歩き、しだいに疲れ、汚れ、傷ついてゆく。

太陽が属する銀河系オリオン渦状腕のこのエリアには、恒星や惑星の中心核中にある多数のミニブラックホールを結ぶワームホールのネットワークが存在する。ネットワークは、中央駅の管理下で、100個の惑星に住む10兆人の人類を結ぶ瞬間移動通路として使われている。赤い靴はネットワーク中央駅で開発されたウエアラブル反重力装置で、同時にワームホール・ネットワークへのアクセス・キーでもあるが、設計者の意図を超えてタイム・トリップをも可能にしている。

少女はタイム・トリップして、未来の地球(テラ)に到着するが、そこは人類が死に絶えた無人の世界である。少女はそこですべての記憶を取り戻し、忘れていた自分の使命を思い出す。 少女はふたたび過去の中央駅に戻り、そこで過去の少女自身と会い、同時存在のパラドックスを生じる。